二胡 〜 胡琴雅爵

Jazz & 二胡 in 臺灣

中華路から衡陽路、重慶南路へ

旧正月が明けてもなかなか天気が良くなかったものの、先週は晴れが多く、温度も上がりました。
 でも今日は薄曇りの一日。

 台北駅あたりをうろついてきました。

 中華路。

 90年頃には、まだ線路が残っていました。  (今はこの地下を電車が走っています)

chonghuastore.jpg


 右側バスが走っているあたりに線路がありその左隣には線路に沿って3階建て位の長〜い商店街がありました。
 名前を中華商場といいます。
 1階は東西に走る道で切られているのですが、2階に渡り廊下で繋がっていました。
 仁義礼智・・・といった儒教関係の言葉がそれぞれのビルに付けられていたはずです。
 もう今はそんなカマボコ・ビルも無いですが、歩道橋の階段部分に「中華商場」「忠」と残されていました。(この裏は階段だけです)

chonghuastore1.jpg


 
 音響関係、特にスピーカを製作する店が多かったように思います。
 その影響か、今も中華路沿いにはオーディオ店が数件残っています。

 今、日本の家にあるJBLに繋いだ太いスピーカコードもここで買ったものです。

 
 警察署を過ぎ、左に入ると日本統治時代に建てられた中山堂があります。
 今もレトロな佇まいで、時折、小規模なコンサートが開かれています。

zhonshzntang.jpg


 その中山堂の前には「抗日戦争勝利および台湾復帰記念碑」というのが立っていました。
 なんか変です。

kounichi.jpg


 だって台湾は日本とは戦っていないのにね。
 まあ、大陸から逃げてきた国民党時代に立てたのだからしょうがないのかも。
 

 そのあとは衡陽路の楽譜屋さんを探して冷やかし。 
 台湾で活躍しているテナーサックスプレイヤーのリンタロウさんにSwingで教えてもらったのですが、大陸書店という楽譜屋とは思えない名前で、雑誌類も置いているのですが確かに2/3ほどが楽譜でした。

tairikubooks.jpg


 ボントロが吹けなくなったので、「長號(トロンボーン)」のコーナーもろくすっぽ見ずに、店をあとにしました。

 重慶南路あたりの歩道に埋め込まれていた案内に、日治時代の勧業銀行ビルが書かれていました。
 英語表記をみると「Kangyo」とあります。そのままですね。

kangyo.jpg


 そのまま、台北駅あたりに戻る手前で、カラフルなマスク屋さんを見つけパチリ。

mask.jpg


 さすがに、これは日本じゃ目立つでしょう。
 台湾の人は、バイクに乗るときの排気ガス除けとして使うのが主なようです。

 天気が今一歩でしたが、久しぶりの街中散歩でした。

  1. 2008/03/09(日) 20:45:54|
  2. いつもの日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<図表と医者と台湾と | ホーム | ガンバレ、セブン!>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://monsieur2hu.blog40.fc2.com/tb.php/41-7c2cecc6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

最近の記事

カテゴリー

プロフィール

あや〜(阿雅)

Author:あや〜(阿雅)
台湾で2005年7月から二胡を始めましたがろくに拉いておらず、2008年4月から実質的な再開です。
ずっとBigband JazzのTbをやってきたので二胡とJazzと台湾のブログです。
ご連絡はコメントかmonsieur_tb♪s7.dion.ne.jpの♪を@に代えてください。

リンク

このブログをリンクに追加する

アクセスカウンタ

ブログ内検索

最近のコメント

月別アーカイブ

カレンダー

06 | 2009/07 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -