胡琴雅爵

Jazz-Trombone & Erhu-Fiddle

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2005年の自言自語

自言自語(作者の独り言)

(2005年12月4日)
  今年ももう12月。台湾への繰り返し出張を始めて9ヶ月目に入る。
  さすがに台北市内はあちこち行ったので、天気も悪いし、買い物程度の土日だ。
  昨日は昼から動き出し、あちこち行ったとは言え、夕方には初めての松山駅そばの五分埔の問屋街を覗きに行った。
  狭い通りの中は男女比率は女性9、男性1位の割合だ。当然、服屋も女性服がほとんど。 明日は寒いとの予報だったのでそんな中で男性服を扱っている店を探してジーンズのジャンパーを購入。1,000元。

  今朝は起きたら窓が結露していた。雨が降った跡があり、天気予報を見ると11℃まで下がったようだ。
  時々晴れ間が見えてきたので、そこだけ行くきっかけがなかった林安泰古厝に行ってみた。 新生公園のはずれだが、きちんと日本語のパンフレットもおいてあった。約200年前の住居で、福建から移住して成功した林家の住居で、敦化北路にあったのだが、市街整備で分解されたままになっていたのを新生公園内に移設したらしい。
  赤レンガがいい味を出しているが、案の定、新婚写真をとりに来ているカップルと写真屋さんに出くわした。
  帰りに新生公園を歩いていたら、松山空港に降りる飛行機が頭上をかすめ飛んできた。

 先日、ブログを始めていたが、DIONのサイトがどうも動きがおかしいので、Yahooに移してみたりしたけど、いくつか探すとFC2のサイトが良さそうなので、早々にここへ引越ししてみた。

(2005年11月29日)
  一昨日、台湾に戻った。
  暖かいからか、どこから入ったのか部屋に蚊が飛んでいる。  夏の残りの電気蚊取りをつけて退治。
  今日の仕事が終わり、新しい二胡をもってレッスンに行っけど、老師が来ない。
  毎月、月初めの2週間が台湾だったので、老師もそう思っていたのかもしれない。(後で考えたら、「次は12月にお願いします」と言ったような気もする。そうだったら老師、「対不起(ゴメンナサイ)」。
  でも、狭いレッスン部屋ながら、1時間半、弱音器を使わずに思い切り練習できた。
  先日、夏から始めた二胡の練習を思い出しながらの二胡のブログを始めた。
  春頃にこの「独り言」コーナーをブログにしようと、数日分を書いたけどまとまりがないので、すぐクローズしていた。
  二胡のサイトも増えてきているけど、台湾での練習日記のような形で思いつくまま、書いてみようと思っている。

(2005年11月8日)
  新しい楽器での初めてのレッスン。
  先進楽器についたら、店のシャオジエより、第1期12時間分のレッスンが終わってるから、今日からの金を払えとの事。 まあ、しようがないので、またまた7200元の出費。
  弓の使い方がまだまだ固いらしい。「ファンソン、ファンソン(放鬆:ゆったり)」と何度も言われて、次は「ぶらぶら散歩している感じで」との事。
  手のひらをブラブラする感じらしいけど、弓を持って指に力が入るとどうしても手首が固くなってしまう。
  そんなこんなで、まだまだ入門レベルなのに「今度は『空山鳥語』をやるからね。」との事。
  センセー、今回二胡を初めてネットで二胡のブログなんか見てるけど、その曲って、2年位やった人がやる曲でしょうに。
  もっとも、今やっている「賽馬」にしても『空山鳥語』と同じようなレベルのようで、共通するのは、速い曲という事。
  老師は、右腕に力が入っていると速い曲が引けないのと、左指と右弓のタイミングを速い曲で覚えさせようとしているに違い無い。
 ・・・と思ってやるしか無さそうだ。
  まあ、とにかく、次回レッスンは11/29だけど、日本帰国中は楽器が無いので全然、練習できない。
  老師曰く、新しい楽器は乾燥している日本に置いておいたほうがいいよ、との事だけど、日本じゃあまり弾けないかなあ。
  今回はCITES認可が間に合わなかったので、台湾に置いておくしかないけど、次回出張時に一旦、持ち帰るかな?

(2005年11月6日)
  翌日は朝、一人でぶらぶらと盧山温泉の有名なつり橋を渡って温泉街を歩いて写真を何枚かとり、ホテルに戻ると次の目的地は、一旦、埔里方向に戻って分岐しての清境農場だ。
  退役軍人会が経営している観光農場で、強いて言えば台湾のマザー牧場。千葉県のマザー牧場は海抜300m強だけど、こちらは海抜1700m。
  11月の1700mというと、寒いまではいかなくとも涼しいに違いないと、長袖シャツにトレーナー、ウインドブレーカーまで準備したけど、暑い!
  Tシャツ一枚でも汗をかきそうな陽気。日陰にはいってちょうど良い感じの気温には参った。ここが台湾だという事を忘れていたといえばそれまでだけど、異常気象だ。
  遠くには3000m級の山並みも同じような高さに見え、かすみがかかっていなければ絶景だ。
  暑さに参って、早々に引き上げ、途中の昼食でも埔里得意の昆虫料理。今度はなにやら芋虫の幼虫類。
  こちらも特に味があるでもなしという感じなので、一匹だけ食べて、あとは遠慮した。
  埔里の街はずれにある鯉魚潭という池で一服して、紹興酒工場へ。
  いくつかある棟の一つを観光用の工場紹介&お土産店にしており、そこで30分ほどの休憩。
  期待していた工場見学の時間はとれなかったようだ。
  紹興酒だけではなく、梅酒やレイシ酒などいろんなお酒も製造しており、売店ではテイスティングできる。
  紹興酒の「10年甕蔵」を味見したら、冷やでも十分な味わいで、2本購入。
  一本400元と赤ラベルの倍近い値段だけど、「街中ではなかなか手に入らないよ」と販売員。
  あとは渋滞を回避するため関西で高速を降りて、替代道路とかかれた抜け道?を通り、小人国やら龍潭のあたりを通って富邦産物保険ビルまで戻り、久々の遠出は終了。

(2005年11月5日)
 朝、7時に仁愛路 x 建国南路の富邦産物保険前からバスに乗って一泊二日の盧山温泉への旅のスタート。
 こちらの会社の旅行に良くあるパターンで家族、友人OKの旅行に便乗。
 台湾の友人の奥さんの会社の旅行だけど、他の人はカレシやら親を連れてきているしているので、あまり気にしない事に。
 それに費用も普通の旅行並みだし、職場の旅行という感じ。
 先ずは第二高速を南下し、南投県の草屯で高速を降りて国道14号をグネグネと東に向かう。
 国姓郷、埔理を通って日月潭の近くの九族文化村に到着。 
 台湾駐在時に来て以来、14年振りだ。99年の921地震で壊滅的な被害を受けたとの話あり、それぞれの原住民の展示場所が、心なしか変わったように感じた。
 確か、前回、行ったときに数年後に遊園地を併設計画中という看板があったように思うが、ジェットコースターやらなにやら、悲鳴モノがいくつかあった。
 各部族の展示が山の斜面にあるので、昔は連絡バスしかなかったが、スキー場なんかにあるのと良く似たタイプのロープウェイができており、これは便利。
 あと、乗り物類は入園料に込みなので無料なのがうれしい。といって、絶叫モノは乗りたくないが。
 女房と来たときは雨だったのを思い出したが、今日は良い天気。11月というのに汗を流しながら歩いた。
 タイヤル族のコーナーかな?、木彫のおじさんが、「ナルワン!」(原住民の言葉でこんにちは)と、ひとこと言って、また木彫に専念していた。
 石彫のほうは電気ドリルを使っていて、楽なんだろうけど雰囲気が出ないよね。
 前回は阿里山で一泊してから台中まで戻ってからハイヤーで日月潭に向かったように思うが、夜だったので風景がわからなかったが、今日の九族文化村に向かうバスからの道は渓谷沿いだったり、すごい山道だった。

 途中、霧社事件の舞台となった霧社地区を通るが、ここまで山道も険しく、こんなところまで戦前は日本人が入り込んで統治しようとしていた事もすごいと思う。もっとも現地の人達との摩擦であの事件が起こった訳ではあるが。

 子供含む家族相手の旅行プランなので九族文化村に寄ったが、盧山温泉に着いたのは、もう薄暗くなり始めたころ。
 山あいの温泉なので、つるべ落としに暗くなる。
 早い夕食だが、盧山温泉で有名なつり橋を渡ってレストランに行く時はもう真っ暗。
 食事は中華メインだけど、このあたりの有名な昆虫料理が!
 孵化したてのミツバチの唐揚げだ。 味はあって無いがごとく、うまく表現できないが、形が形なので皆、なかなか箸が進まない。 ガイドさんが来て「減ってないじゃん。高いんだから食べてね。」
 そのあと、つり橋の横のファミリーマートでワインを買って、ホテルのコーヒーショップのような店というかテーブルを出しただけのところというか、温泉街の夜景が見えるテーブルで友人と飲んでいたら、友人の奥さんの部下のカレシというのが来て、一緒にビールを。
 すごく親しげに話しているので、あとで友人に聞いたら、夕食の時に初めて会ったとの事。
 このフランクさは日本人にはなかなか真似できないところだ。
 酔ってはいたけど、せっかくの温泉旅行なので、硫黄のにおいの入った内風呂で汗を流した。
 前夜にあちこち探して、曉河街夜市で露天温泉用にと水着と水泳帽を買ったけど、使う機会は無かった。

(2005年11月4日)
 老師に連絡したら、前回、場所を確かめに行ったあやしい楽器屋の百楽音楽中心に、ようやく新しい二胡が入荷したとの事で、老師も今日、行くとの事。
6時に楽器屋で落ち合う事にしたが、会社からそのまま出たけどこの時間帯は渋滞が激しくて、6時過ぎて到着。
 「百楽」と書かれた呼び鈴を押したら、アパートの鉄門の鍵が外れる音。
 門を開き、階段を2階に上がるとオヤジが「初めての顔だな?」という顔つきで、「何をお探しですか?」。
 「我的老師、曾老師還没来嗎?」と聞くと、奧の部屋に案内され、ここで靴を脱いで入ってくれとの事。
 ドアを開けたら、曾老師が前に何本か置いて、弾き比べをしてくれている。
 上海の有名二胡製作者「王根興」の二胡が数本入り、紫檀が4本、あと6本位が老紅木のもので、他の生徒から老紅木のものの選定を頼まれているとの事。
 着いた時には紫檀4本の内、今一歩の2本は既に横に置いてあり、残り2本を選定中だった。
 1本は高音域で若干音でハーモニクスが出る傾向があるようで、もう一本は柔らかい良い音がしたけど老師曰く、「皮の張り方がゆるい」との事。
 結局、高音域にクセがありそうなのを何度も弾いて、「やっぱり、これが一番いい」と言って、選定終了。
 そのあと他の生徒用のを、選んで、店内へ。
 老師が店のオヤジ&オバサン(夫婦?)と色々と話しをしているのだが、どうやらオバサンが買い付けに行くらしく、中国のメーカでの二胡製作の巨匠たちと撮った写真を見せながら、これは誰、それは誰と説明しながら話してくれた。
 王瑞泉や王国興も自分達ではもう作っておらず、弟子が作った楽器に自分の名前を監修として付けているとの事。
 台湾での人気二胡サイトである「不敗さん」のページを見ても、「まあ、ちょうど『スピルバーグ監修』の映画と言うのと同じ感じかな?」と書かれている。
 今回買った王根興さんも、そろそろそれらしい動きがあるらしい。老師は「王根興さんのも「二胡収蔵証」が付いているのが、かえって怪しい。」と言うと、オバサンは「そうかも。」といいながら、「これは、アタシが王根興さんの仕事場まで行って本人にも会って確認して買ってきたから、大丈夫だよ。」との事。本当かどうか・・・(笑)
 二胡はニシキヘビの皮を使っているワシントン条約対象製品なので、CITES認可が必要だけど、申請してくれるといいつつ手数料1200元も取られた。
 申請用紙は15元なのは知っているけど、平日は時間が無いし、しようがない。
 まあ、中国でもなかなか手に入らない王根興さんの楽器だし、弓の竹の節が無い高級北京弓やら輸入品の高そうな松ヤニやら、換え弦、ハードケースも付けてくれたので、まあヨシとした。一式、29,000元也。
 日本円で10万円弱かな。日本で買うと25万円は下らない様なので、まあ、お得かな。
 店を出てから、明日からの軒ちゃんとの盧山温泉旅行用に、海パンを買いに、スーパー大潤発に行ったが置いておらず、アパートに戻って楽器を置き、近所の魯肉飯屋で軽く食べてから306番バスに乗って、饒河夜市へ。
 安いペラペラの水着と水泳帽を買ってアパートに戻り。
 夜は遅いけど、自分で楽器の音を聞いてみたくて、松脂を塗って弾いてみたところ、前の楽器とは音が全然違う! まろやかないい音。
 明日からは軒ちゃんとの盧山温泉旅行なので、音には満足して、デンペン(蛇皮の弓があたる所を保護する板)に弓があたった時の雑音消去用の絆創膏を貼ったり、長安楽器で買ってあった微調を弦につけたりの調整だけして、本日は終了。
 明日は朝早いしね。

(2005年10月19日)
  朝の電車で、先日のクリフサイドでトラ(あ、エキストラの略です。要は助っ人。)をやってもらった稲垣貴庸さんのビッグバンドのライブがあったことを思い出した。
 案の定、メンバーから昼過ぎにお誘いのメールが携帯に。 仕事次第だったけど、なんとか定時に終わって、不幸の電話(仕事)が来る前にすぐ新橋へ出かけた。 他のメンバーと軽く一杯やってから新橋サムディに。
 一糸乱れぬ演奏というのは先ずは正確に吹くという事だなあと感じたライブだった。
 稲垣さんのドラムもすごいけど、他メンバーもすごい。年齢的に若いメンバーもかなり入っていたけど。素晴らしい演奏だ。
 自分たちの演奏と比べるものおこがましいが、安心して且つ楽しみながら聴けるといったところか。
 2部での2曲限定の飛び入りボーカルのピンキーこと今陽子さんの歌唱力は抜群。
 最近はミュージカルが中心という事だったけど、Don't mean a thingは雰囲気も含め、声量も大きく、さすが一時期のミーハー歌手とは違って実力派だし、50は超えたものの普段から歌っているのもあり、素晴らしいボーカルだった。
 稲垣さんのファンだった女房は、東京ユニオンのベイシー追悼アルバムの「KEEPING COUNT」を持ってきており、このレコーディングメンバーである稲垣さんにCDにサインしてもらいご満悦。
 ぼくはこれに今度、ボントロの井口秀夫さんのサインをもらおうっと。ミーハー夫婦。(笑)

(2005年10月10日)
 今日、十月十日は双十節(国慶節:建国記念日)だ。辛亥革命で中華民国が始まり94年目という事になる。もっとも大陸の歴史では中華民国は38年で終わっているはずだが。
 朝から小雨が降ったり止んだりの中、総統府の前で式典が始まっている。 こちらに居た頃は軍の戦車やら装甲車のパレードがあったが、今は無くなった。
 昔、TVでパレードを見ていた時、ミサイル車なんかの間にジープにゴムボートを載せて上半身裸の体格のいい数人が乗っているのが異様に見えたが、海軍の潜水隊?(たしか蛙蛙(かえる)隊とか言ったと思う。)らしい。
 軍の大型レードが無い今は見られない。 この隊のマークをあしらったジッポのオイルライターは華陰街の喫煙具専門店で今も買えるはず。
 愛煙者への台湾土産にはいいかも。 タバコは吸わないものの、このカエルマークのジッポが欲しくて、華陰街まで買いに行ったことがある。
 陳水扁総統が北京語と台湾語で交互に方針説明している。出だしの挨拶一言は北京語、台湾語に続いて原住民のらしい言葉も。
 総統の顔に陽が当たっているので、窓の外を見るといつの間にか青空が見えている。挨拶の最後は「台湾、加油、加油、再加油!」でした。

 急遽、「新光摩天楼に行けば、上から式典の模様が見えるかも?」と思い立ち、出かけ支度をして、エレベータで降りて守衛さんに、何時まで?と聞いたら「12時までだよ。間に合わないね。」との回答。
 まあ、いいやと思いつつもタクシーを飛ばして、駅前へ。 通常120元の入場料が今日は双十節割引で80元。ラッキーと思いながら46階に登り、順路と逆方向の南側に歩いたが、やはりもう終わって、出席者がちりぢりに離れつつあるのが良く見える。
 せっかく登ったので、流れている雲はあるが天気は良いので、一回り写真を撮って下に下りた。
 上から見ているとそんなに距離はないので、歩いて式典終了後の会場である総統府前のカタガラン大道へ。あちこちから写真を撮った。 陳総統は夜には高雄へ行って花火の前にまた話すのかしら。
 ぶらぶらと旧勧業銀行ビル(日本統治時代、日本当局は台湾の農業発展のため、勧業銀行台北支店を設置し、農業開墾、灌漑、水利開発のための長期融資を行ったと説明書きがある。)の横を通り駅まで歩いた。台北駅地下街のミスドは長蛇の列、一人30個までという大人気。 MRTに乗って中山で降りたら大雨。 傘を持ってきていなかったのでちょっと待っていると小雨になり、リージェントホテルまで歩いて地下の免税品店で両替。銀行が休みの日は助かる。キャッシュなら銀楼がレートが良いという話も聞くが、何十万も換える訳じゃなし、大差ないだろう。
 そのあと、林森北路のマックの2階席で昼食を取っていたら、8人くらいの団体が斜め横の席に。 いかにも大きなサングラスを掛けて芸能人でございますというカッコの女性とその関係者という感じだ。 時々韓国語が聞こえるので、韓国のスターだな? 
 小さなテーブルが何個かコの字型に並んでいたが、向かいの席にいたカップルの女の子の目が、ちらちらとその女性を見て、目が泳ぎながら「ねえねえ、あれxxxよ。」と訴えている。
 その方面には疎いのだけど、手前に座った女性が「神話」のDVDを持っている。
 成龍ことジャッキー・チェンの最新作だ。
 そういやTVで映画「神話 The Myth」のCFで、金なんとかという女性が成龍の後に大写しになっていて、彼女に似ているかも?と思っていたら、その関係者たちが、どうやら彼女の記事らしい数種の新聞を開きだした。
 をを! 金喜善(キム・ヒソン)じゃないですか。(実は知りませんでした。部屋に戻ってネットで調べました。m(__)m 記事によると昨日来台したみたい。)
 まあ、台北は狭いから有名人と会ってもおかしくないけれど、国際派(アジア?)スターと2mほど離れた席で、というのは初めてだ。
 ホッソリした顔つきをしっかりと目に焼き付けておきました。(^^ゞ
 いかにもネイティブじゃない北京語だけど、好感が持てるね。まあ、香港映画に出るんだから中国語は必須かもしれないけど。
 受け入れ側が買ったんだろうけど、ビッグマック・セットで、ビッグマックを上から分解して食べてました。
 芸能人大好きだった亡くなった義姉がいたら、狂喜乱舞だっただろうなあ。
 この日記にリンクした写真をアップしようとしたら、通信エラー発生。2~3度やってもだめなので、もしかしたらHP容量オーバーかもと思い、確認したら案の定だ。
 とりあえず1MB(52円/月)だけ増量と思ったら、今月からメンバーは100MBまで無料とのこと、ありがたや。

(2005年10月9日)
 今、夜なんで国慶節イブってとこ。 昨日の土曜は会社で仕事でもしようかと思っていたけど、朝から強い雨が降ったりやんだりなんで、こちらのアパートでうだうだしていた。
 昼食も前回出張時の台風対策で買っていたカップ焼きそばが残っていたんで無理やり食べに出る必要もなかったので、グータラに拍車がかかってた。
 さすがに身体がナマると思い、雨の上がりかけた夕方に、街へ出かけた。
 バスで南京建国から中山までほんの2~3分。二胡の練習に行く平日夕方は30分近くかかるのがウソのよう。
 MRTに乗り換えて、二胡レッスンのある古亭駅で下車。 そこから和平東路を西に10分近く歩いて重慶南路へ。 二胡の老師が新しい楽器を探してくれるという「百楽音楽中心」の店探しが目的だ。
 楽器屋らしい作りが見えないと思いながらキョロキョロしていると、止まった車から二胡のケースを肩にした老夫婦が住宅のベルを鳴らして鍵を開けてもらって中に消えていった。
 その横を見ると、百楽音楽中心の看板があった。 ちょい入りづらい雰囲気。 まあ、月曜に老師が来てみると言ってたので、入って老師の名前を出すのも変だし、覗くのはあきらめてそのまま古亭駅を通りこして金山南路を左折。 いつもの長安楽器へ。
 扉を開けるなり、日本語ができるシャオジエが「こっちこっち」、と店の中の方へつれていく。 楽譜類がつんであるところで、中阮(丸っこい琵琶)のテキストを渡そうとする。 人違いらしいので「不是我的。」といったら、どうも確信していたようで怪訝な顔。 ようやく納得してもらったけど、中阮をやってる日本人がいるんだ、と思うとそのディープ加減が知りたくなる。
 まあ、居留証を持っている日本人だけで1万人以上いるのだから、ボクみたいな出張者までいれれば、中には國楽でもやろうかという人がいてもおかしくない。
 適当に冷やかして、日本人観光客の増えた永康街を通り、信義路x新生南路から忠孝東路までバスにのり、MRTで忠孝復興のそごうで買い物して、MRT、バスを乗り継いで帰宅。
 今日は昼前に会社に行って自社の仕事を数時間。
 5時過ぎに終えて、一旦帰宅してから夕食とIKEAでテーブル購入。IKEAはそこそこのもので安いのが多いので助かる。 日本に持ち帰りたいものも一杯あるが、さすがに家具類はそういう訳にもいかない。
残念!

(2005年10月5日)
 昨日、二胡の曾老師からもらったCDを聞いてみた。
 「賽馬」って・・・・すごく速い曲なんだ・・・と唖然。まあ、「賽馬」って競馬のことでしょうから当然ですよね。
 こりゃ、当分「鈍馬」での練習だな。でも、モンゴルっぽい雰囲気が良く出てる曲ですな。
 途中、ピッチカートがあったり面白いことは面白いんですが・・・・
 ビアさんの二胡ブログを見ても2年練習を積んだ人がやる曲を、老師、いくらなんでもまだ3ヶ月、それも半分日本で練習ができていない生徒に向かって、そんな曲はないでしょうに。(T_T)
 救われるのはその楽譜が数字譜ではなく、五線譜というところくらいだ。
 老師が左手指のポジションを細かく書いてくれた。多謝。


(2005年10月4日)
 今日朝8:00から1時間の中国語のレッスンが正式に開始。
 ビジネス中国語のテキストとは言ったものの、ほとんど通常会話と同じ。週2回なので1回はテキスト、もう1回はこちらで仕事の資料をテキストとして説明時の中国語を教えてもらうことにした。
 人によって聞いて理解できる人と、なんの単語を並べているのか全然わからない人がいるのは何でだろう? 今日はほとんど打合せだったので、聞き取りにくい人との打合せに夕方になると「もう中国語は結構」という状態になる。
 夜は二胡のレッスン。これも中国語。まあ、楽器の練習があるから救われる。
 レッスンは7回目とはいうものの、楽器を台湾のアパートに置いてあるので、月の半分しか練習できず、まだ換把もできないしD調以外の楽譜が読めない状況だというのに、新しいテキストの中から、「賽馬」の練習開始。大陸では二胡3級~4級クラスの曲らしい。
 日本に戻っていた時は練習もできないので、あちこちの日本語の二胡サイトを見ていると、この曲は二胡を習う人が必ず通る曲みたいだ。
 老師が弾くときれいで柔らかい音なのに、こちらはあい変わらずギーコギーコ。一度、楽器を交換して弾いてもらおう。それでも音はきっと同じなんだろうけど。
 楽器を日本&台湾とそれぞれに持ちたいので、老師の紹介で新しい楽器を買う事にしたが、老師から習っている練習場所の楽器屋にも当然、安いのから高いのまで置いてあるけど、老師曰く、「ボクの知っている店に楽器が入荷したかどうか確認してから、連絡するよ。」との事。
 まあ、名師ブランドでなくても良いから、いい音のする楽器を選んでくれるようにお願いした。
 いい楽器は上達の近道? いや、いい楽器は高いから、放っておくともったいないのでキチンと練習するから、上達する・・・という理論?は実際、あるよね。
 しかし、中国語のレッスン・チケット15回分で8,450元、楽器を買うとCITES(ワシントン条約対応の申請書)も込みで30,000元近く、それに第2期の二胡のレッスン代を請求された日にゃ、出張手当じゃ全然足りないし使うと生活できないので、キャッシュで持ってきた日本円を両替しないと。
 

(2005年10月2日)
 台風19号の後を追っかけて台北に。
 20数年間、中国、台湾の仕事をしているが、幸運?なことにフライトが台風の日に当たったのはこれが初めて。
 予約したのは午後発のエアニッポンEL2107便だったが、前日夕方、共同運航で機材提供の長栄航空のサイトを見ると、同便はCANCELと書いてあったのでANAに電話すると、「今のところ、飛ぶ予定です。」との事。
 長栄のサイトも怪しい表現だったので、どっちがホント?と思っていたら、20時頃に、ANAから電話があって「飛ばないので、朝一番9:20分発のEL2103便か、翌日のEL2103便にしてほしい。但し、明日の便はまだ飛ぶかどうかわからない。」との事。
 まあ、しょうがないので、EL2103便はANA機材・クルーだし、対応も日本語でできるので、朝4時起きで空港へ向かった。
 ANAからの営業対応で来年3月までのプラチナカードをもらい、今回が初使用だったので、ファーストクラスカウンターへ行くと、「まだ飛ぶかどうか未定。n時頃に決まります」。
 このn時が初回は7時半、次が8時、その次が8時15分と3回も延長されたのが不満ではあるけれど、丁寧な対応なので、まあヨシ。
 荷物にはFirst Classのタグを付けてくたけど、後で考えると、小さい機体に乗客も少なかったので、荷物が出てくるまでの時間的なメリットはあまりなかったかも。
 だけど、荷物もほとんど最初に出てくるのは気分がいいし、ガラガラとは言え空港第2ビルの入国審査にトップで並んだのは初めてかも。

 結局、成田は20分遅れ程度の出発で、横須賀(台北のアパートに着いて、写真をアップして見たら、ウチのマンションが写ってた。写真は横浜上空から三浦半島を望んで)~セントレア~和歌山~高知の上空の天気の良い中を経由し、鹿児島上空は雲が多少あったものの、揺れも雲もない中を順調に飛行。
 本当に台風があるのかいな?と思った最後の30分でようやく、雲がちらほら。 着陸直前は雨はないけど風がかなり強いようで、機体本体を中心に翼を振られる感じが多々あったけど、エンジン出力の調整で不安になるほどの揺れは感じられなかった。
 エプロンに着き、降りる準備をしていると、風で機体がふらふらしているし、隣のジャンボの翼が上下にしなっている。 こんな日は自動着陸はさすがにできないんだろうな、と思いつつもパイロットの腕に感謝。
 何時に着くかわからなかったので、いつものハイヤーをキャンセルしておりう、久々にタクシーで市内へ。1,148元也。 昔よくいた飛ばすタイプのウンチャンで、風と時々強くなる雨の中を120Kmくらいでかっ飛ばす。 台風なので車が少ない上に、台風になると高速料金がタダになるそうだ。
 そういや、昔、そんな事を聞いたことがあるが、要は料金所職員の安全のためのようだ。そんで、料金所は開けっ放しの通り放題。

(2005年9月25日)
 昨日はTPO Swing Orchestraの3rd Tbとして横浜元町CrefsideのBigband Nightで演奏。
 ドラムのバンマスの体調不良で中止か延期を考えたけど、店のスケジュール変更がきかず実施となった。
 タイコのトラは、もと東京ユニオン、現在シャープス&フラッツのドラマー、そしてご自分のビッグバンドも持たれている稲垣貴庸さん。
 本来は前日の練習でキメ合わせを考えていたようだけど、仕事が入り本番前のリハだけしか合わせる時間はとれなかった。
 しかし、さすが日本トップクラスのプロドラマー、すごいドラムを聞かせてもらった。
 本当は「共演した」だけど、斜め前で「聞いていた」感じだ。
 ppからffへの派手なクレッシェンドや、tuttiの一拍前のどデカいスネアなど、「さあ、ブラス、来い!」と言わんばかりのタイコだ。
 稲垣さんも一部はこちらの様子を見てたのか、おとなしい演奏だったけど、三部(二部は他トリオ)は人が変わったような張り切りようで、ついこちらもヒートアップでフル・スロットル。
 ビッグバンドもコンボ同様、セクション同士のかけあい/会話であることを実感。
 クリフサイドでの演奏も3回目だけど、TPOに入ったばかりの一昨年よりは去年、去年よりが今年と、こういう場でも「吹ける」ようになった感じがするし、パワーについても満足(練習不足の所はつい、弱くなるが(笑))できたし、わずか8小節だけどTPOに入って初めてライブでのソロも取れたし。
 ソロは2ヶ月前と1ヶ月前の練習で1回ずつしか練習していないので、ほとんどぶっつけ本番だった。
 あとで聞きなおすと、恥ずかしいほどのズレはないが、やはり余裕のない感じ。
 BasieのI Can't Stop Loving Youはゆったりとした曲だから、もっとゆったりとしたソロが取れていたらと練習不足を反省。
 全体的に思ったよりトロンボーンのアタックが聞こえてこなかった。
 これはパートで反省だな。

(2005年9月15日)
 火曜日に二胡の6回目のレッスンを終えた。
 まだ、弓の加減がわからない。指に力を入れると手首まで力が入ってしまうし、手のひらをぶらぶらさせる感覚で持つだけというのがしっくりこない。
 そこへ換把(手のポジションがえ)や滑音(グリスアップ、グリスダウン)なんかが入るので壁にぶつかっている。
 こんな壁は練習して慣れるしかないんだよな、とは判るものの、いらいらする。
 でも、同じ指の換把の時は、弓は遅くするなど、弾く事で頭一杯の人間に先生は的確に教えてくれるのが有り難い。
 こう書くと、左手は大丈夫のようだけど、これもダメ。活指練習などを続けているとピッチのズレに耳が麻痺してくるので、開放弦になった時にようやく気付く事になる。

 昨日は長安楽器に行って、松香(まつやに)と別のタイプの弱音器を購入。松脂は中国製、台湾製、ドイツ製があったが、とりあえず台湾製120円(NT$35)を購入。紙箱に入った中国製は使いにくそうだし、外国製は高い。
 台湾製はフタをとればすぐ弓につけられるようになっており、使いやすそう。
5年前のオマケの中国製は粉がすごく出て、山野楽器で買ったイギリス製?は粉が細かくて付いているのかどうかわからない。
多分、弦との関係もいろいろあるんだろうなあとは思ったけど、まだ差がわかるほど弾きこなせない。
 弱音器は日本のサイトで売っている\1500位のとほぼ同じものだが、\350位(NT$105)なので格安。
ただ、このタイプは駒の位置を変える事になり、指のポジションが変わってしまうので、駒の位置も下にずらさないといけなさそうだ。

 今朝は中国語レッスンの第1回目。但しお試しなので、先生が合わないようなら、もう一回お試しができるらしい。
 朝、10分近く遅刻してきたが、かわいい女の子でヨシとした。
 通常の日本語は可能みたいなので教え方次第だけど、こちらの疑問についてもそこそこの対応なのでOKとした。
 ・・・とはいうもののまた2週間日本なので次は10/4の予定だ。
 まだお試しなので商用中国語テキストの第1課をコピーしてきてくれた。舞台は吉田さんが台北空港についたところ。
 税関と申告の会話のすぐ後に、國賓飯店の行き方を聞いたら、税関が親切にも「出口を出たところにあるバス乗り場で20分おきに出ている國光號に乗ったら國賓飯店の前に着くよ」と答えている。
 税関に道を聞くのもすごいが、そこまで答える税関がどこにいるんじゃい!という会話。(笑)
 その他、少し待っての少しを「一会児」とあったり、わかりましたを「明白了」など、台湾では使わない中国語があったり、台湾と大陸がまざった変な教科書。

(2005年9月11日)
 台風15号が北にずれてくれたおかげで、昨夜も雨はそんなに降らず、朝から曇り空。
 二胡の練習したりしていたが、外へ出ようと考えたもののスカッと青空でもないので、街中かなと思い、まだ行ったことのない美麗華百楽園へ。
 いろんな情報によると、単なるショッピングセンターのようだけど、場所が悪い。
 基隆河の向こう、大直橋を渡っていくので、そこそこの距離がある。
 MRT中山国中駅から送迎バスがでてるらしいが30分に一本。タクシーで市街地から140元位との情報を見て、タクシーにした。
 四平街から150元で到着。 ショッピングセンターというより、普通のデパートだ。
 失望して、目玉の観覧車に。アジア第二位のサイズというが、本当かなあ? 日本じゃあのサイズはゴロゴロしていそう。
 休日200元(平日150元)というのも高い。台北101の350元ほどではないが、かなりコストパフォーマンスは低い。
 家族やカップルの間に挟まって数組待ち、あやしいオヤジ一人で17分の観覧車の旅?。
 おまけに、天気がいま一歩だったので、101や新光摩天楼がかすかに見える程度。
 降りてから地下の頂好超市(Welcome スーパー)でちょこちょこ買い物をしてすぐ、送迎バスで中山国中にもどった。
 あとから考えると、となりにカルフールができおり、そちらへ行けばよかったと後悔。

(2005年9月10日)
 台風15号が直撃するかと思いきや、わずかに北にそれていきそうだ。
 今朝はこちらの社長とゴルフの練習場へ。 クラブを握るのは13年振りだ。
 13年前ごろに買って使っていなかったグローブがあったので、持ってきていたが、数十球打ったあたりでボロボロに破けてしまった。
 両手親指に小さな水ぶくれができている。右手はちょうど二胡の弓が当たるあたりなので火曜日のレッスンまでの練習で痛そう。
 練習の帰りに、同じグループ会社の取締役から蘭の原種の日本への発送を頼まれていて、建国花市へ。
 呉作雄蘭園の呉太太に用意してもらっていた花、Phal. cochlearis、Phal. micholitzii、Phal. kunstleriを確認し、立替代金とEMSの郵送料を支払った。
 CITESは既に申請してもらっているので、火曜には送れるとの事。
 こんなに簡単なら、日本に比べると台湾では蘭が非常に安いので、自分用にも送りたくなるが、どうせすぐ枯らすのが見えているしなあ・・・。
 昼は軒ちゃんから急にランチを一緒にしようとのお誘い。
 天母のフランス料理店に行くと、彼のご両親が既におられた。4月の彼の結婚式以来だ。
 ご馳走になり、陽明山ほうにドライブに出かけたが、あいにく台風15号の影響で雨がひどい。雨が一時的に収まったところもでも濃霧で数十m先が見えない。
 竹子湖もまったく、見えず、北の方向に山を下りた。
 彼のお父さんはもとタクシードライバーで道がすごく詳しい。また敬虔な仏教徒でもあり、面白いお寺に連れていってくれた。
 三芝(李登輝さんの故郷)の北新路にある「無極真元宮」だ。
 お父さん曰く、台湾の天壇。 確かに、着いてみると納得。北京の天壇は上まで上がれなかったが、こちらは4階建てで各階にいろんな仏さんが祭ってある。
 天気が今一歩だったが、上の階からはかすかに台湾海峡が見えた。
 一旦、彼らの家の三重市に戻り、彼の奥さんを下ろしたあと、南京東路の昔、湘園だったところにできた「天香回味」というモンゴル風鍋料理へ。
3時前に昼食を取ったので、そんなに入る訳がないが、彼らの食べること!。胃のサイズがちがうのかしら。

(2005年9月5日)
 ほぼ1ヶ月振りの更新。
 前回の出張から帰って2日間会社に出たあとは、夏休みに入った。
 実家に電話したところ、PCの調子がおかしいというので、急遽帰省をかねて久々に娘を連れての大阪往復だ。
 なんの事はない、弟が大阪への単身赴任の半年間実家にいて、MP3プレイヤー用にCDをPCに入れてプレイヤーに移したあと、そのままにしていたので、システムディスクがパンクして立ち上がったあと、アプリケーションが動くためのワークを確保できていないのが原因だった。
 音楽データはもう不要なのでゴミを全部消したら、もう5年前のWin98PCとは言え、そんなにストレスなく動いた。そういえば何年か前に余っていたメモリを増設したような気がする。
 
 昨日夜、一ヶ月振りに台北に戻った。
 今日はこちらの社長と食事をした時、新500元札を見せてもらった。
 色が100元札と近いので、紛らわしいと不評であった500元札にホログラムをつけた対応版だ。
 まだATMが新札認識をサポートしていないので、おつりでもらうか、銀行の両替でしか入手できないかも。
 新札を認識したATMが出始めれば、居住者は入手しやすくなるのだろうが、一番初めに新札認識可能な還流式ATMを出す日系H製作所グループ機の市場投入を待つ必要がありそうだ。
 台湾のATMは日本で言うCDが主流で、入金機が一体となったものもあるが、内部で出金用と入金用の金庫が別になっている。
 日本では当たり前の、入金された紙幣が出金でも使われる「還流式」は、紙幣の補充や集金の手間が省け、ATMに多額のキャッシュを入れておくリスクも減るので、「便利ならなんでもOK」の台湾人が飛びつかないのが不思議でしようがない。

 明日は久しぶりに二胡のレッスンがあるけど、この一ヶ月練習ができていないので、苦しいレッスンになりそう。
 先生へのお土産に大西順子トリオのCDを持ってきた。あと、陳敏という女性二胡プレイヤーのCDをコピーしてきた。
 温金龍さんの透き通ったような音色とは異なり、少しダークっぽい、いい感じがする。 でも、どの曲も初めて耳にするものの、頭の中のアーティクレーションと少し感じ方が違うようで、若干、違和感がある。
 曲の部分部分の感じ方は温金龍さんのほうが耳になじむ。

 今回の出張で、2000年に二胡を買った時についてきた弓を今回持参。
 今のは別途買ったものだけど、弓の毛がバラバラになるので、かえってオマケのほうが引きやすいかも?と思ってだ。
 ヤフオクでチューナーとメトロノームが一体になったものを買ったので、それにトロンボーン用に昔買ったピックアップを持ってきた。
 やはり目で見てチューニングできるのは便利。二胡のチューニングは糸巻きに歯車がないので手加減が難しいけど、前回長安楽器で買った「微調」とこのチューナーでジャストチューニングができる。
 さて、左腕の薬指、小指に繋がる筋が引きつりそうな、活指練習でもやることにしよう。


(2005年8月4日)
 台風9号が台湾の東海上を北上してきた。 朝の出勤時は傘が無くても歩けるくらいの雨だったのが昼前くらいから、強弱のある台風特有の雨になってきた。
 こちらの社長と夕食を取り終わると、いよいよ本格的な雨に。
 帰宅したら、社長とその秘書から別々に、明日は休みになったとの連絡が。確かにその場でTVをつけると台北市は「不上班不上課」となっている。
 仕事があるので、明日の天気の様子を見て会社に行こうという事にした。
 そんなに大層な台風じゃないと思っていたが(いや、その通りそうなのだが)、雨が壁から染み出してきて、シンク台の上が水たまりになっている。
調べて見ると窓枠からではなく、どうも、窓枠の周りのタイルの継ぎ目からのようだ。
 何箇所か染み出してきているようで、怖いのはコンセントから雨水が出てきている。
 今回、日本から戻ってきたときに、シンク下が濡れてから乾いたような跡があったので、もしかしたらと思っていたが、やはりその通りのようだ。
 多分7/18の台風が原因だったのだろう。 不動産屋に文句を言う証拠にデジカメで雨の染み出しを撮っておいた。
 さすが、建て付けの悪い台湾アパート。 だいたい自分が住む為ではなく、投機目的で買った住居にこういうことが多いようだ。
 こうやって打っている間にも、染み出した雨がシンク台から床にピチャピチャと落ちてちている。
 まあ、今すぐに直るものじゃないし、台風対応としては、明後日土曜日が帰国なので、そのときの飛行機が飛ぶ事を願うだけだ。

 このところ二胡にハマってる(と言う割りに練習はしてないが)ので二胡のサイトがないかなあ、と思ってみていると打ってつけのブログがあった。 香港在住のピアノ教師の方が開かれている。 2003年から始められているとの事、すごく参考になっているけど、彼女は私よりはるか先にいるので、彼女がブログを始めたあたりの記事を理解するのがやっと。
 でも、同じように感じている所も多く、なんか親近感がでてくる。
 2000年の二胡を買った頃にサイト検索しても、二胡教室なんていうのがヒットする位で、情報源が非常に少なかったのを覚えている。
 久々に検索してみると、わずか?5年でこんな素晴らしいサイトがあちこちにあるあたり、まさに浦島太郎状態。
 う~ん、恐るべし、女子十二楽坊。
 CDも買ったけど、女子十二楽坊は個人的には今一歩好きになれないんだよね。 もちろん、ウマいし曲もきれいだけど、ただ弾いているというだけでハートが感じられないからね。
 二胡の先生が言ってたけど、「日本人でも台湾人でも個人技術では大陸の二胡弾きには届いてない。 だって我々よりすごく多くの二胡人口が3歳から弾いてるんだよ。 合奏になって、やっと差が縮まった感じ。」
 まあ、いちゃもんつけるつもりは毛頭ないけど、「下手でも、ハートがあれば、きっと伝わる。」・・・・・・これだけを信じて音楽やってるもんで。(笑)
 

(2005年8月2日)
 こちらの会社の中で席替えがあった。会議室を増やしたりしたレイアウト変更があったからだが、部長席相当の位置を用意してくれた。
 午前中は陽が後ろの窓から入るので、この時期は暑い窓際族だ。(笑)

 夜は4回目の二胡のレッスン。
 指の置き換えがうまくできない。同じ指でポジションを替えるのだが、老師の「指を弦から離さないように」とやろうとすると、トロンボーンのグリスアップ、グリスダウンのように途中音が入ってしまう。それはそれで「滑音」と言うらしいが、今の練習ではダメ。
 今日はマイナー(単調)とか半音って無いの?と聞いたら、擬似的なマイナースケールに始まり、之調式や為調式、五声音階(ペンタトニック)スケールをそれぞれ宮、商、角、徴、羽と呼ぶとか、燕楽・清楽スケールなどなど、中国音楽の楽典らしきものを教えてくれた。
 まあ、練習だけでなくて、こういうのを教えてくれるのもいいもんだ。
 来週以降は日本に戻るので次のレッスンの9月初まで練習ができないのがつらい。
 本当は二胡を持って帰って夏休みに練習したいのだが、練習用に持ってきたトロンボーンを持ち帰る上に、頼まれた蘭の苗を手持ちするので、二胡までは持つ余裕はなさそうだ。
 「老師(先生)」には、「ちょっと練習できないから」と次回のボロボロの結果のエクスキューズを先出ししたが、「帰国は土曜だったら、それまでできるじゃん」と切り替えされてしまった。(^_^;)
 二胡は趣味の世界だけど、次回出張から時間を作って、中国語も習いたいと思っている。
 今の中国語のレベルだと中途半端だしね。

 二胡のレッスンの帰りに第一家電が出資?してる泰一家電でオーブントースターを購入。 パンを温めるのだけが目的だけど、一番安いのは小さくて熱量も弱そうだったので、東元電機製の688元。
 レッスンが7時からで夕食をゆっくり取る時間がなく、7-11のオニギリだけだったので、日曜に買ったドンクのチーズ・ナン?(パリパリで美味しい)がしっけかけていたので、軽く炙ってビールのお供に。 これがビールに合うんですよ。ホント。
 ヤマザキパンにも似たのがあるけど、これは食事には良くても、ビールには今一歩なんだよな~。
 ドンクも味が落ちてきたけど、これと小豆モアチー(確か、日本語のモチ(餅)がナマッて台湾語の字に置き換えたはず。字は・・・難しい)はまずまずだ。
 

(2005年7月31日)
 昨日までは外へでるか迷っていたが、天気がそこそこ良いので、昨日みたい夕立が来るまでに帰ろうと行き先を検討。
 淡水に行って帰りの時間次第で北投温泉博物館、中山に戻って台北当代美術館という日程にした。
 淡水は何回も行っているが、今回は一つ手前の「紅樹林」駅で下車。
 淡水河沿いの道を淡水に向かって歩いた。サイクリング道路にもなっているようだ。
 紅樹林はマングローブの林という意味で、自然観察区として保護されている。
 規模的には4月に行った八里の方が(田舎のせいか)大きく、良く残されているが、こちらも船で渡らなくて良いという便利さを考えると、まあまあかな。
 こちらにも「招潮蟹」や「弾塗魚(ムツゴロウ?)」がいるようだ。
 体長4cmくらいで片手のハサミだけ大きい「招潮蟹」はウジャウジャいた。唐揚げなんかで出てきそうだ(笑)。ムツゴロウは見あたらなかったが、数cmの穴があちこちにあり、その中にいるのかもしれない。
 小さな鷺のような鳥も多く、バード・サンクチュアリにもなりそうなエリアだった。 試しにバードコールを鳴らしてみたが、昼前の暑い時間だからか何の変化も無かったのが残念。
 マングローブの林から観音山をバックにできるので絵にはなるが、観音山のふもとにはそこそこ高いマンションやらド派手な建物が多く、せっかくの景観を台無しにしている。
 淡水の河岸街はあいかわらずいろんな屋台が出ている。 店の並びを通り抜けたところにあるスタバで昼食代わりのベーグルと冰那堤(アイスラテ)で一息。 この街は夕方前に込みだすのだが、ちょうど昼頃だったので空き席も多く、ゆっくり汗を引かせられた。 淡水は夕陽がきれいで、淡水河河口の「淡水フィッシャーマンズワーフ」あたりでゆったりするのが良いのだろうが、ちょい遠いので、このスタバからでも良い景色がみられそうだ。
 駅に戻ると心地よい歩き疲れで、北投は次回以降にパスして市内に向かった。 当代美術館なんて昔はなかったと思ったが、案の定、2002年の設立のようで、中山市場からの西に徒歩2分位にあった。 月曜休館と書いてあったが、7/25~8/5は休館との立て札。 まあしょうがない。


(2005年7月30日)
 バンドのメンバーの会社の取締役からの依頼で、コクレアリスとかいう蘭の原種を探しに花市へ。
 蘭を中心に置いている店が何軒かあったが、いかにもディスプレイ用の大きな胡蝶蘭の鉢が中心の店と、小さくても種々の蘭を置いている店に分かれるようだ。 Phal. cochlearisという名前を見せても「知らない」とか「無い」という店が多く、結局一軒だけ。
 それも、今日は持ってきていないとの事。
 フラスコに入っているのと、裸の鉢に入っているのがあるらしい。 フラスコ入りは無菌栽培なのでCITES(輸出入許可?)は不要だけど、株売りはCITES申請に1週間かかるとの事で、依頼主に電話したが繋がらず、今回は無理かな。
 その足で光華商場まで歩き、ざっと目を通して忠孝新生站に向かうと、大粒の雨が。
 一駅MRTに乗って、太平洋そごうに寄って、弁当とビールを買って一旦帰宅。

 夜は食事後、まだ行った事のない通化街夜市を覗こうと思い、場所もどのあたりか判らないのでタクシーに乗った。
 通称、「通化街夜市」だが、実際の通りは通化街とクロスする臨江街だ。 その証拠に夜市の門にも「臨江街観光夜市」とある。
 まあ、饒河街夜市の小型版のような夜市だった。住宅街の中の夜市を無理やり「観光夜市」と称した感じだ。
 この夜市の雰囲気がわかったので、そこから10分ほどライトアップされた台北101を見ながら国父紀念館近くまで歩き、日本人ジャズピアニストがやっているらしい店「スイング」でジャズを聴きながらビールでも飲もうかとドアを開けたが、レストランが主のようで、一人で飲みに入る感じじゃあなかった。
 しかたなく、国父紀念館を通って孫中山(孫文)先生と一緒に台北101の夜景を眺めながらMRTを乗り継いで帰宅した。
 台北101は節電検討中らしいが、今日は22時に展望台から上を残してライトアップが消えた(写真下の屋根は国父紀念館)。
 

(2005年7月29日)
 春節が明けても気温があがらず、雨の日が多かった今年も、ようやく晴れた夏空が多くみられるようになった。
 だけど、例年ならこの時期はこちらの天気予報で「悶熱」という悶える位の暑い日が続くけど、今年はジリジリくるほど暑い日はあまり感じられないのは、やはり異常気象か。

 前回の出張からはじめた二胡は、今週で3回目だが、弓の力加減がわからない上に指のポジションがまだわからないので変な音程で弾いている。
 そのくせ、高音域への換把(ポジショニング)を教えるとの事。カンベンしてくれ~~。
 先生はなんで、あんなに同じ音程でポジショニングできるのか不思議だが、考えて見ると、ボントロ吹き以外の人から見るとフレットもマークもないトロンボーンのスライドで同じポジションが取れるのを不思議に思っているのと同じだと思うと、練習でなんとかなるのだろう。
 通常の生活会話は6~7割がた理解できていると思っているのに、二胡の先生の話してくれる言葉は半分がわかるかどうかなのが残念。
 楽器を弾くという通常生活ではあまり使わない表現や音楽用語が判っていないからだけど、前に楽器があるので、言わんとすることはなんとなく理解できるのは、管楽器とはいえ楽器を扱っているからだろう。

 二胡教室は個人レッスンなので費用を換算すると1分10元の授業料で、これを高いとみるか安いとみるかだけど、楽器の扱い方にはじまり弓や弦への力具合などは、やはり教えてもらわないとわからないから、1クール12時間が終了しても継続して習おう。
 今週、琴馬や弱音器を譲ってもらった。 こういうのは全く良し悪しが判らないので助かる。
 教室をやっているお店で弱音器は入手していたが、使い方がわからず先生に教えてもらったけど、弦を挟むタイプなのであまり音質が良くなかったが、先生から譲ってもらったのは、琴馬をはさみ、弦には触れないので音質はかなり良い。
 琴馬も大きい音がでるのに変えてもらい、これも教室ならでは。
 ・・・と考えるとやはりお金を出して習いに行っている甲斐はあるってことみたい。

 マンツーマンだし、失敗し途中でやり直しをしても、そこから合わせてくれるのが有り難い。
 途中からハモる曲を、先生が一回弾いてから、「さあ、合わせよう」とな。 
 初見で怪しいながら、ハモると、「おっ、いいじゃん! オレの胡弓も捨てたもんじゃないなあ。」なんて3回目のクセに偉そうに思えてくる。
 まあ、先生のヨイショのおかげですな。
 先ずはポジショニングだろうけど、ボントロの経験から音はポジションで覚えるのではなく、音を聞いて合う位置が正確なポジションだと思っているので、聞きながら覚えるしかないんだろうな。

 今日は仕事を終えて晩御飯をアパート近く、伊通街の髭の魯肉飯屋チェーン店で食べて、二胡のケースを買いに金山南路 x 愛国東路の長安楽器へ。
 アルミケースのようなのがないかと思っていたが、先生と同じ軽くて薄いのがあったので購入。 NT$1,800也。中国製にしてはちょい高いと思ったが、まあいいや。中にとりはずしできるファスナーポケット袋がベルクロで貼ってあって、チューナーから松脂からあれこれ入るのが便利。
 今のケースは2000年に温金龍さんにサインをしてもらったので大事にはしたいが、セミハードケースながら中には楽器以外あれこれ入れるスペースが無いのと、取っ手が布ベルトなのでフラフラするのがネックだった。
 ついでに「微調」を購入。 先生がドイツ製のがいいよと言っていたが、メガネをずらしてみると、Made in Germanyと刻印が。
 形から上下があるようだけど、とりあえず付けてみた。 正確な取り付け方は来週、先生に聞いてみよう。

 帰りに昔、温金龍さんがよく居た永康街にある(カノジョの)店を探したが、別の店に変わっていた。
 初対面でも、トロンボーンをやっていると話すと、「同じミュージシャンだね。」とフランクに話してくれる彼が、ボクの買ったばかりの二胡を弾いてくれた時の音が忘れられない。
 さすがプロは違う。 同じ楽器なのに音色が別の楽器みたいに素晴らしかった。
 久々に彼のCDを聞くと、二胡というよりバイオリンの音色に近くて澄みきっているが、本来の二胡の土臭さは感じられない。
 まあ、これは彼がその土臭さの音が出せない訳では当然無く、ポップスへの二胡の取り組みを狙った、erhu's sophisticated sounds?志向への想いからだろう。
 どちらが良いというものではないし、「音楽に(想いが有る無しの)良し悪しはあっても、ジャンルは無い」と言われた、昔いたバンドの先生の言葉通りだと思う。
 一度でよいからあんな素晴らしい音を出してみたいものだ。
 ふらっと立ち寄って温金龍さんに会う機会も、もう無いだろうなあと思いながら新生南路まで歩き、バスを待ったがなかなか来ない。タクシーにしようと、信義路の横断歩道で信号待ちに右を向くと、ライトアップされた台北101が見えた。

(2005年7月10日)
 昨日は台北101に。4月初に家族と来て以来だ。 天気は前回より多少は良い程度で、かろうじて台北駅あたりが見えるくらい。
 朝一番で登って、一回り写真を撮ったあとはすぐ降りて、台北市政府へ。 台北探索館が目当てだったけど、ガードマンが「今日は停電で、閉館です」との事。
 しようがないから、女房にたのまれたブレスレットを買いに玉市へ。
 その後は三越南西店横にオーダしてあったバッグを取りに行ったが、まあまあの出来。 なで肩なので肩パッドをその場で直してもらった。 オーダならではの対応がうれしいけど、3,800元を高いと見るか安いと見るかは難しそう。

 今日は部屋でゆっくりしていようかと思ったけど、天気がいいので、とりあえず外へ。
 また玉市で昨日と同じのを買って、捷運の駅まで歩いていると、「復興忠孝」の駅前で、昔の同僚の奥さんの王さんとばったり。
 こちらはサングラスをかけて帽子をかぶっていたので、「にーはお」と言ったら、一瞬、ビクっとして新しい旦那のほうへ擦り寄っていた。申し訳ない。こちらも彼女でなく、旦那の方に気が付いたんですが。
 旦那さんがそろそろ退職のようで、それに合わせ通勤時間のかかる今の会社を辞めようと思っているとの事。

 そのあとは、結局昨日行けなかった台北探索館に足を向けた。
 4階は昔の台北が展示してあり、昔の台北城(「城」とは外壁で囲われた街のことで、日本の城とはちがう)の模型のほか、現在の街の模型の上に主要施設がアクリルボードに書いてあって、その上を歩ける様になっていたり、大屯山と観音山が噴火して海水の上下と共にできた台北湖などを経て現在の地形があるなど、へ~って思う点も多々あって面白い。
 3階は留(土偏)公の用水路など近代から最近では中華商場の撤去など、台北市の歴代市長などの展示があり、台湾駐在時代の身近な内容もあった。
 パスポートを持っていかなかったので、ガイドレシーバを借りられなかったのが残念だったけど、日本語の案内書をくれました。
 一都市の紹介に展示館があるのもすごいが、そこの案内資料に外国語版がおいてあるのがすごい。
  夜はケンチャン&奥さんと微風広場向かいの浙江料理「筷子」で食事。開店早々に入ったが、ふと気が付くと外には待ち行列ができていた。
 食後のコーヒは近所に住んでいたケンチャンの同窓の周さんも入ってスタバで。周さんとは久しぶりだ(だけど4月のケンチャンの披露宴には来ていたはずだよなあ)。 初めて二胡とはっていうのを教えてくれた先生だ。
 小学生相手に二胡を教えているらしいが、子供たちは1年経ってもなかなか上達しないので苦労しているとの事だった。

 ・・・と書いていたら、TVでイントネーションの怪しい日本語のコマーシャル。リコーのデジカメR2のCFで、3人の女性しかいないのに別の人が写っているというオカルト風。 結局、「普通の角度は楽しくない」という、リコーの広角の強さを出したもので、3人の横に普通の35mm相当では写らない場所にオヤジが写っていたというオチ。
 でも全部、台湾人による日本語でのCFというのが、すごい。 川島茉樹代のパナソニック携帯のCFも日本語だったけど、彼女はハーフだからねえ。


(2005年7月5日)
 今日から二胡のレッスン開始。欣欣バスの254番に乗って古亭駅へ。
 先生は28~30歳位かな、男の先生で、二胡は大学から始めたらしいけど、大陸にいって向こうの先生について習ったそうだ。
 母親がピアノの先生で子供の頃からバイオリンを習わされたらしい。
 ピアノの大西順子が好きなようで、山下洋輔が台湾に来たときも聞きにいったくらいジャズも好きな先生だ。
 先ず、気に入ったのが、数字譜ではなく五線譜で教えてくれる事と、二胡は「Dmaj」だからといきなり西洋音楽の楽器のように説明してくれる事だ。
 こちらが他の楽器をやっているのが判ると、とたんにレッスンの難度が高くなる。(笑)
 普通、初回は楽器の特性を説明して弓を持つあたりで終わるらしいが、ピアノのハノンの初めのようなスケール練習をどんどん五線紙に書いて、すぐ弾けとの事。 こちらはまだポジションも危ういというのに。
 まあ、アパートで練習するための弱音器の使い方も教えてもらったので、せいぜい来週のレッスンまで練習してみよう。
 あと、Y2Kの時に二胡を買った店は信義路と金山南路、麗水街の間にあったのだが、2年ほど前に行ったら無くなっており、先生に聞いたら、何のことは無い、この教室の店に引越ししたらしい。

(2005年7月4日)
 2週間の日本生活を経て、またまた台湾生活にチェンジアップ。
 ANA搭乗者を増やすためか、ANAから会社にプラチナ会員募集の案内が来ていたが、前回の台湾出張中で見落としていたので早速申し込んだものの、さすがに今回は間に合わない。登録&カード発行まで1ヶ月くらいかかるようなので、次回もJAAかな。
 JAA機内の金城武と志村けんのCFも6月には新しいのを出すとの話だったのに、7月に入ったのに去年のをまだ続けている。
 JAAはドル箱路線だけを持っているので割引率も低いし、殿様商売(彼らは強みを生かしているというだろうけど)なので、またちょいとANKに代えてみるかな。
 昨日は2週間ぶりにアパートに入ると蚊が何匹も飛んでおり、叩くと血が。わずか数分の間に喰われていたようだ。何も食べ物はないけどゴキブリはいるだろうと思って、そっちに方に気がいっていたので、まさか蚊がいるとは思わなかった。
 シンクのそばには小さなゴキブリが干からびてひっくり返っていた。
 早速、電気蚊取りを買いに走った。
 今日は、夕食後、捷運の古亭駅そばにある先進楽器へ行って、二胡(胡弓)の個人レッスンの報名(申し込み)をしてきた。
 台北ナビを見ると一期12回とあるが、要は12時間という事で、一回1時間でも2時間でも、週に一回でも2回でもいいらしい。
 まあ、このあたりがフレキシブル≒差不多(まあ、そんななもの≒いいかげん)な台湾らしいところ。
 一時間当たり600元。 楽器はY2K対応で出張していた時に買ったのをまた持ってきた。
 スケールのポジションは指が覚えるしかないけど、弓の推し引きの繋ぎやビブラートの掛け方など、コツが全然わからないので、そのあたりが判るだけでもいいかも。何でも基礎が肝心だからね。
 帰りに古亭駅そばの農協のスーパーでミネラルウォータを購入。でかい!
 さすがにタクシーを拾ったら、日本人と見かけるとやらた話して来る、よくいるタイプのウンチャン。
 日系の会社で保守関係の仕事をしていたらしい。いまは定年になってタクシーのウンチャンをやっているとの事。
 これまたよくあるタイプ。(笑)


(2005年6月13日)
 土曜は端午節だったので、大直にドラゴンボートレースでも見に行こうかと思ったけど、天気もはっきりしないし。
 日曜も大粒の雨が降ったり止んだり。そんな天気続きなんで出かける気がしない。
 金曜日にホテルからアパートに入ったけど、シーツと枕は金曜日に買ったものの、雨で遠出はしたくないし、土日は生活道具を揃えなければと思い、IKEAへ。
 ラグマットやクッション、ランチョンマットなどを購入。
 今日は、こちらの会社は端午節の振替休日だけど、アパートにインタネットがまだ引かれていない事もあって、メールを見に会社に出た。
 夕方になり、帰ろうとすると雷付きの大雨。
 雨の合間を縫って会社から7分のアパートに戻り、一息ついてから金山南路x和平東路の「樂坊」へ。
 楽器の値段調べと楽譜探しだけど、ボントロはBachしか扱っていないとの事。面白いのはBachってアメリカのメーカだから日本では「バック」と呼ぶけど、こちらでは「バッハ」というみたいだ。
 娘用にMy first Arbanのトロンボーン版とヤフオク用にコリンズ出版のダブルローター・バストロ用の教則本を購入し、三越南京西路横のオーダかばん屋に。
 こちらの会社の社長も気に入ってたL.L.ビーンのティアドロップバッグのレプリカ作成依頼だ。L.L.ビーンのUSドル建てカタログ時代に買ったもので、もともと色が薄かったのに生地に油や汚れが染み付いてきたので、革で焼き直しを狙ってる。
 オリジナルLLビーンも今は革のタイプも出しているので、そちらを買う手もあるが、オリジナルとも「チョット違う」あたりの面白みがいいかな。

 この土日は久しぶりに何時間もTVを見た感じ。National Geographicが2つのチャンネルやっていたが、面白い。
 中にはケロロ軍曹なんかもあったが。中国語でも「本官」と訳すのかなど、面白い。しかし、あれほど昔の日本をパロッたのは、日本の子供でもわからないのに、こちらの人にどれだけ理解できるんだろうか・・・
 夜になると雨も上がった日もあり、久しぶりにCDでも探すかと光華商場付近に出かけると、シャオジエが踊ってる。
 韓国製デジカメの宣伝みたい。
 みんな写真を撮ってたけど、ストロボを焚くほどのものでもないので、そのまま撮ったらやはりボケちゃった。

(2005年6月9日)
 今日、今年初のセミの声を聞いた。 それも街中、建国北路ぞいのポプラ並木で。
 例年だと、5月には暑い日が多くなるが、この数日は晴れても心地よい風があるので、「台湾の夏」の始まりが感じられない。
 ホテル住まいも楽ではあるけど、何か落ちつかないところもあり、また、2週間おきの往復荷物も大変なので、アパートを探してもらった。
 月の半分をホテル暮らしだと、1LDKのアパート家賃のほうが安くなる事もあり、Y2K対応の時以来の台北でのアパート住まいが明日から始まる。こちらの会社に色々と負担してもらっているが、立ち上げ時には消耗品関係など何かとモノ要りになりそう。
 場所は四平街なのでこちらの会社から徒歩7~8分。
 伊通街も近いので「台湾ならではの生活感」は感じられそうだ。
 明日、環亞飯店をチェックアウトしてアパートに入るが、土曜の端午節からその振り替え休日も含め3連休なので、新しい生活環境の準備には都合が良いが、ネット環境がまだ数日かかるようなので、楽器の練習ででも時間をつぶす事としよう。
 ADSLも出だしは日本より早かった台湾だが、まだ1~2Mbpsクラスの利用が多いようだ。

(2005年5月21日)
  夜は横浜・元町クリフサイドで知り合い(というより地元バンドのメンバーが何人か出ている)のライブ。
  普段、自分の前で吹いているアルトの人や後ろから吹いてくるペットの人達のソロをかぶりつきの席で聴けた。
  いつもこんなにすごい人達と吹いているんだなあと思うと、背筋を正したくなる。
  井口秀夫さんも参加しており、すばらしい演奏を聞かせてもらった。スライドワークといい、吹き方といい、いい勉強になった。
  スライドが自分の顔に当たるのではと思うくらいの距離でプロの演奏を見ていると、まったく同じ楽器とは思えない。
  泰地先生の演奏は始めて聴いたのだが、軽快なクラも素晴らしかった。

(2005年5月20日)
 今月も2週間の台湾出張から帰ってきた。
 最後2~3日以外は雨ばかりの日が続き、先週の土日もホテルでゴロゴロ+街中ブラブラですごした。
 小雨であれば、電車で近郊の街へ出かけようとも思ったが、あちこちで土砂くずれがおきたあの豪雨では下手すると帰ってこれなくなる。梅雨との事だが、いままでの台北でこの時期を「梅雨」と感じた事はなかった。どちらかというと11月~2月頃のほうが、どんよりした日が多く、湿度も高いので梅雨っぽい感じだ。
 今回は、King 3Bを持っていったので、ホテルでミュートを付けて少し練習をしたが、ホテルの壁が薄いので、夜はあまりできない。・・・といいつつ、PCでMP3に落とした曲をバックに吹いていたが。
 ホテルが環亞飯店だったので、下のスタバで毎日コーヒーを買って帰ってた事もあり、スタバ・カードとやらを購入した。ICカードのプリペイドカードで、チャージする毎にポイントがたまり、それで飲食、グッズ購入ができる模様。
 まあ、他のコーヒーと比べてスタバは高いけど、次回も環亞なので、雨が降っていても傘無しでいけるのはグッド。
 ISコーヒーも統一だったような気がしたが、スタバもカードを見ると「統一星巴克」とあり、統一企業グループだった。

(2005年4月16日)
 昨日の昼ごろにいっとき晴れ間が出たと思ったがすぐ曇りに。
 しかし今日は朝から日が差している。
 一昨日の出張組のお疲れ会、昨晩の同僚の昇格祝いと連ちゃんでの飲み疲れの感はあるが、このところの異常気象で晴れ間がなかったので、明日の天気もわからないし、まずは「どっかへ行こう」という事にした。
 ゆっくりした朝食の後、ホテルの裏のいつもの洗濯屋さんに出していた洗濯ものをピックアップし、老板に「お、また来たね」なんて言われてホテルの出発は10時を過ぎていた。
 この時間からだと遠出はできないので、MRTを使えるところということで、淡水へ。
 もう、淡水の街中は観光地化されすぎているので、反対側へと、初めて渡しにのって左岸へ。
 片道18元。いい感じに整備された公園になっている。 一人で川風+海風に吹かれながら一日、ボーっとしていられそうないい所だ。
 後ろの観音山から街を見下ろしたいと思い歩き出したものの、地図も無く、方向だけを頼りに山道を登り始めた。
 2Km位歩いたが、途中、淡水の街や漁人碼頭なんかが下のほうに見える。 「いいじゃん、いいじゃん」と思いながらも歩いている人とはすれ違わないのどかどかな山道だけど、途中から道が観音山を登るので無く、回り込んでいる感じになって、ついに漁人碼頭が後ろ方向に見え始めた。
 「こりゃ、マズイ。八里(台湾海峡側の町、八仙楽園の遊園地で有名)の方向に歩いている。」と思い、今回は諦めて、戻り始めた。途中バイパスできる道はないかと降りていくと、いい感じで降りていく急坂があったのにどうやら行き止まり。横の果実畑で仕事しているおじさんに聞いたら、「ボーロー」(多分、「没路」だと思う)と台湾語で返され、仕方なく膝を入れて登り返したが、途中でトーチカを見つけたり、写真をとる収穫はあった。
 船着場まで戻って淡水に戻ろうかと思ったけど、最近、「十三行博物館」というのができたというのをWebでみたので、さっきの山道が向かっていた方向と同じ方向に川沿いに歩き出した。(あとで地図をみたら、そのまま歩いて先で下に降りたら、3Kmほどバイバスできたのに。)
 マングローブを横に木道が整備されている。失敗したのはあちこちにある地図に距離表示がないこと。
 少しあるきだして次の地図まできたが、全然進んでない。そんな距離があるのかと思ったのは後の祭り。
 まあ、景色は対岸の淡水側になく良いので、左岸の河口まで歩いた。
 見ている人へのアドバイスとしては、「絶対、レンタサイクルを借りる」こと。だいたい数10元から200元位までで、電動自転車もある。
 ヒーヒーいいながら、ひとけの少ない道を歩きつかれながらようやく到着。
 下水処理場建設の途中で発掘された1800年くらい前に北部に住んでいた人の遺跡だ。
 一通り見て、歩き疲れで、さすがに帰りは歩きたいとは思わないので、ようやく見つけたバス停で待つこと10分程度で関渡駅行きのバスに乗れた。
 船着場まで乗り、すぐ来た船にのって淡水老街に着。そのまま、MRTとバスでホテルについた。
 ホテルに帰ってからPCの地図を見ると直線距離でもざっと10Kmは歩いていることになる。MRT往復と博物館の2時間を差し引いても、昼飯も食べずに5時間弱を歩いていたことになる。
 そうだよね、あの疲れ方は10Kmじゃないね。時速4Kmとして20Km。そんなもんかも。横須賀の自宅と最寄駅を5往復だけど、そっちの方が楽な感じ。
 まあ、歩くのは好きだし、いい運動だった。しかし、半そでシャツを着ていたので肘から下と、襟元に三角の日焼けでまっ赤っか。
 汗でざらざらするのでシャワーをあびたら、早くもヒリヒリ痛い。まあ、健康には良い一日だった・・・そうしておこう。
 さあて、今、21時半。ビールで疲れを癒したんで、夜市でも冷やかしてこよう。

(2005年4月11日)
 先週の今日はまだ台湾だったと思いつつ、また台湾へ。今度は仕事。
 これから1年続く月半分台湾生活の初回だ。
 ホテルは兄弟飯店だけど、予算の関係で内側の窓のない部屋なので、ほかのホテルに移るか、価格交渉をしてもらうことにしよう。
 平日数泊までなら我慢もできるが、土日を挟む出張となると、外の光の入らない暗い部屋にいると、気が滅入ってくる。
 夏のパジャマを持ってきたけど寒いので冬用が欲しいのだが、代わりになるスエットでも、と探すものの、さすがに売っていない。
 きっと晴れれば暑いくらいになるのだろうけど。

(2005年4月4日)
 もうあとは帰るだけだが、ゆっくりとした朝食をとって、娘とはホテルの斜め下にあるIKEAを一通りあるき、女房は近くの頂好(Welcome)ストアで珍珠奶茶用のでかいタピオカを買いに。
 最後は兄弟飯店の飲茶でしめくくり。
 いやいや、空港の出国待ちのカフェで最後の真珠奶茶を。
 初日のが一番おいしかった。
 成田は同じような人が海外からの帰国で入国審査ラッシュ。
 ぎりぎりでバスにすべりこみ、夜10時半前には帰宅できた。
 かくして、「夜市と珍珠奶茶とIKEAと台式披露宴の旅」は終わったのであります。

(2005年4月3日)
 ホントは今日が今回の台湾旅行の要。軒ちゃんの披露宴だ。
 とはいっても披露宴は夜なので、実質最後の一日をと、台北101に登った。
 朝10時を狙って出発し、切符を買うのも並ぶのも数分程度で済んだ。 その後は84階まで東芝さんの世界最速エレベータでほんのわずか。
 確かに、「高い」。
 天気はあいにくモヤがかかり、台北駅前の新光摩天楼が消えそうな程度の視界。
 ただ、信義開発区という場所が街外れなんで、半分は山しか見えない。
 なんか、新光摩天楼のほうがパノラマ写真を撮ってもサマになるような気がした。
 ・・・といいつつ、出張で台北にいるときにピーカンの日があればもう一度行くんだろうなあ、きっと。
 降りたあとは「Newyork Newyork」を冷やかしたり、三越の地下のマクドナルドで日本にはないライスバーガーを食べたり、昔、住んでいたマンションの前で写真をとったりで時間調整。
 そのあとに行った「IKEA」にも娘がハマり、「明日もまた来よう」と言うことに。
 軒ちゃんの披露宴はすごいショー付き。字で書くと笑えるが、「イセエビショー」に「くだものショー」。
 シェフが暗転でスポットを浴びて音楽をバックに松明をつけた先導の元、料理を持って行進してくる。
 あっけにとられ、写真を撮るのをわすれてしまうくらい。
 ブーケパスの候補者さがしなど、軒ちゃんが仕切ってた。相変わらずだねえ。(笑)
 幸せになってくれ。
 普通ならそれでおしまいだけど、ホテルにもどってから、娘が「はじめに行った夜市にいきたい」とのたまう。
 まあ、饒河街は近いからいいか、ということで、疲れた足をひきづりながら、ぶらぶらしたり安~いかばんを買ったりで満足そう。
 当然、初日とは別の店で真珠奶茶を。
 かくして、夜市&珍珠奶茶3連チャンとなったのであります。

(2005年4月2日)
 Holiday innになった環亞飯店の窓から見ると、今日も雨。
今回の旅は娘の「異文化との遭遇!」がテーマなので、日本では見られなくなった市場を見せようと思い、先ずはホテルの近所の長春市場へ。
 形のまんまの豚足や頭付きの鶏、ブタの心臓やらがぶらさがる中を、「ゲロゲロ~」なんていいながら長~いナスやら、バカでかいピーマンなんかを携帯のカメラで撮っている。
 彼女のブログに載せるとの事。
 その後は花市・玉市を丹念に見ていたらもう、お昼。
 花市へ行った時のお約束の仁愛路・朱記で牛肉餡餅と花素餡餅なんかを食べたら、娘が「もう一回、玉市に行きたい。」となり、また仁愛路から信義路まで歩き、その延長で永康街あたりをぶらぶら歩いたり、お茶したりしてから、龍山寺へ。
 線香をもらって一通りパイパイ(拝拝)したあと、おみくじを。
 一回一回神様に「これでいい?」とお伺いをたてるやり方に、興味深々のもよう。
 きれいになった龍山寺の公園を通ってMRTの駅から木柵線乗り換えで、南京東路駅まで戻り、一旦ホテルへ。
 永康街でお茶しながら予約した京劇ショーの台北アイ()を見る前に長春路の京鼎楼で夕食。
 味が落ちてきているなあと思いつつも、3人でワンタンは野菜のほか3籠を平らげた。
 「台北アイ」は「観光客に中国の伝統芸能を見せる」という観点では少人数の団体ながらも、その役は果たしているようで、それなりに面白かった。
 舞台も良いが間の休憩時にロビーでの謡いや演奏なんかが良かった。
 ただ、大人880元はちょい高いね。まあ、今回は子供はタダだったので、それなりのコストパフォーマンスはあったけど。
 終わったのは9時半くらいなので、その足で士林夜市へ。
 ここでも娘は「珍珠奶茶」をご要望。
 連続2日の夜市&珍珠奶茶でした。

(2005年4月1日)
 貯めてきたJALのマイルで家族旅行で台湾へ。なにも好き好んで台湾へということは無いが、結婚して初めて暮らした土地なので、女房も想い入れがあるし、子供もきらいじゃないようなので、オヤジの勝手知ったる台湾となった。
 初日は朝一番の飛行機であいにく雨の台湾へ。
 とりあえず、中正紀念堂で衛兵の交代を見に。このときは海軍が担当でした。軍によって振り付けが違ったかも。
 夜はこちらの社長に台湾料理青葉の新店舗の雰囲気の良いAoBaでご馳走になり、朝早かったのに眠い目をこする娘を連れて饒河街夜市へ。
 これが娘の「夜市魂!」に火をつける事になろうとは・・・・・
 また、帰る直前に買った珍珠奶茶(タピオカミルクティ)魂!にもハマルとは・・・・・

(2005年3月23日)
 半年に一度の診察の帰りに銀座山野楽器へ寄って、ChicagoのCD探し。バディ・リッチのがあったが帰って聴くと、狙った演奏ではなかった。残念。
 「ブログ」とやらがどんなものか?と、初めてみたが、確かに楽ではあるが何か感覚的に今一歩。
 多分、自分でバックアップを取ったり自由に扱えないからだろう。
 このコーナーの代わりにしようかとも考えたが、「様子見」で進めよう。

(2005年3月15日)
 今年も、台湾から帰った翌日から、花粉症開始!
 ほんと、この時期は日本にいたくない。

(2005年3月10日)
 今回は月曜より晴れはじめたようで、さすがに晴れると暖かい。通年だと、そろそろ暑い日が出てくるものだが。
 JupiterのC管トランペットの価格調査を頼まれたが、17500元とのこと。日本での定価が73000円なので2割がた安い。
 C管はあまり需要が無いのか、在庫探しが大変だったようで、なんとか明日用意できるらしいが、あさって帰国となると、頼まれた人への確認や支払いを考えると難しいので今回はパスとした。
 ついでにバルブトロンボーンの値段も聞くと、22000元との事。先日オークションにかけた15年前に購入した同一の旧モデルが10000元だったので、物価が約2倍になっているという事か。(ただしレートの関係で旧モデル購入時は50000円、今なら33000円で、新モデルは72000円だから、一概に2倍とはいえないか。)

(2005年2月6日)
 一昨日、台北から帰ってきたが帰りの成田エクスプレスから見た太陽は2週間振りの太陽だ。
 ホント、寒く雨つづきであちこちに出たくないと思う久々の出張だった。
 昨日はH社のバンドの練習のあとTPOの練習に出たが、夜の練習なのでやはり寒いものの、ピンと張った寒さというか、日本の寒さには慣れても台湾の寒さはこたえる。
 でも2週間振りに思い切り吹けてスカっとした。
 出張の方はというと機密漏洩対策や個人情報法対策で会社のPCも持出しがますます厳しくなりつつあり、こちらはスカっとしない。
 今回、自分の5年前のA4ノートPCもホテルでの接続用にと持って行ったが、さすがに2台のPCは持ち運びがこたえるので、今日、デルの安いノートを予約してしまった。
 次回出張は、必要データのみ向こうの会社で準備してくれた自分のアドレスに送付して、編集用として新しいノートPCだけを持ち込む事としよう。
 春節の元旦は9日だが、台湾の多くの会社が休みに入ったようだ。「新年快樂!」
 
(2005年2月2日)
 台北の街は泊まったホテルの場所によって、仕事で遅くなると食事に困る町だ。
 会社&ホテルのメシ屋が閉まったので、今日はコンビニで買おうとしたものの、日本のように一日に何度も配達がないのと、店舗規模が小さいため商品数が少なく、夜遅くになるとロクなものが残っていない。結局7-11には肉デンブおにぎりしか残っておらず、ニコマートで「蘑燻鶏(マッシュルーム&燻製の鶏肉)」のおにぎりと「蟹肉盧筍手巻」(かにかま、アスパラ、ハム、卵手巻き)に缶ビールを買って寒いホテルの部屋で夕食を取った。
 しかし、今日は寒かった。
 天気予報は最高気温11度と言っていたが、ただでさえ湿度が多く寒く感じる冬なのに、昼から雨が加わり、体感温度は5~6℃といったところか。
 そういえば、先週火曜日に来て以来、一度も太陽が出ていない。
 まあ、これが台北の冬とはわかっているものの、休みの日も仕事が早く切り上げられても、あちこち出歩く気が全然しない。
 ホテルの部屋の温度調節の表示は25℃にも28℃にもできるが、暖房がないのでうすら寒い送風になるのみ。さて、風呂あがりなのにすぐ冷えてきたので、ベッドにもぐりこんだ方が少しは暖かそうだ。


(2005年1月31日)
 昨日の夜から今日一日、寒かった。
 昨晩など、ホテルでノートに向かっても膝が寒くて、バスタオルをひざ掛けにして打っていた。
 今日もこちらの会社ではカーディガンが離せない一日だった。さすがに23時を回ると、フロアには数人しかいないのに加え、外は雨が降っていることもあり、余計に寒く感じる。
 出向で来ている人達は台北の冬の寒さをこのところ実感しているので、机の下の足元に温風器などを置いているが、我々出張者はそこまでは準備できないがつらいところ。
 帰りにニコマートで売れ残りのツナ巻きとキリン一番絞りを買ってホテルに帰り、腹に入れたら即シャワーで温まった。
 これを打つ前にパジャマ代わりのスウェットにフリースのジャケットを着ても足元が寒い。
 10数年前の駐在時代を思い出した。そういや、あの頃はタイル張りのアパートのリビングに、光華商場付近の八徳路と台湾国鉄の線路(今は市民大道)の踏み切り横の搨搨米(tatami:畳み)屋で一枚1000元位で買ってきた搨搨米を2畳ひいて、その上にコタツに毛布を掛けてゴロゴロしていたっけ。
 春節とは良く言ったもので、春節を越えると春らしい暖かい日が多くなった感じを覚えている。
 台湾は来週から待ち遠しい春節休みだ。我々出張者は日本に帰れば向こうの仕事が待っているだけだが。

(2005年1月30日)
 火曜日に台北に来てから、ずっと雲が厚くときどき霧雨のような日が続いている。
 昼まで部屋でゴロゴロしてウチとチャットをしたりしてたが、初めてボイスチャットが出来た。以前、うまく繋がらず、台湾のADSLの速度が遅かったりするのが原因かと思っていたが、とにかくOK。
 北欧の家具屋チェーンIKEAに行くと、いつも買わなくて良いものを買っちゃうのだが、今日も昼食後、枕カバーを買いに行ったら案の定、目当ては買わずにCD収納箱とやらを2つも買ってしまった。一つ150元位だからいいやと言う事で。
 かさばるモノを手に、太平洋そごうに行って、娘のお土産指定の大根もちパックを2つも買い、光華商場へ。大根もちって重たいんだよね。
 女房用PCのマルチカードリーダとCPUファン、生DVD+Rを買ってきた。
 生DVDはだいたい一枚10元(32円)くらいのようだ。でもDVD+Rの生みの親リコー製は16元/枚だった。それでも日本の3分の1くらいだ。

(2005年1月29日)
 会社に入った当時の課長が遊びに台湾に来ており、彼の帰国日だったが午後の便だったので、こちらの社長と、工事中の故宮博物院にお連れした。
 一昨年のSARS騒ぎで減った観光客を取り戻そうと、去年は台湾観光年ということで、工事中ということもあり入館はタダだったが、年が改まって「要銭」となっていた。
 昔は入り口でカメラを預けさせられたが、デジカメの普及であきらめたのか、発光で影響のある書画以外は撮っても関係なくなったようだ。
 どこの国からの観光客もバシバシ撮っている。
 今までの「撮っちゃいけない」イメージがあったので、しっくり来ないが、数枚撮ってみた。
 しかし、本館は相変わらず工事中で両サイドの建物の一部でしか公開されていないので、 青銅器、青磁、白磁なんかもほんの一握りしか展示しておらず、面白みが半減以下だった。
 もちろん、 超有名物はあったけど。

 午後一時に空港へと送り出し、午後は昨年末に買い換えた日本の携帯電話のケースを探しに華陰街へ繰り出し、そこからバンドの友人に頼まれていたウーロン茶をいつもの 問屋さんに買いに行った。
 最近はガイドブックでも紹介されるようになり、「写真を撮ってもいい?」と聞くと、「好(ハオ)」との事。 いつもははだしで仕事をしているオジサン連中も、さすがにサンダルを履いていた。
 そのあとはせっかくここ(民権西路+重慶北路)まで来たので、そのまま歩いて迪化街に行った。昨年もすごい人手で、今日は前回より少なく感じたものの、 相変わらずの感じ。
 さきいかを一斤買ったら、ピーナツと干しエビのつまみを同じくらいサービスしてくれた。同じような店が何軒か出ており、食品を積み上げて人ごみの中で売っている形態で、先日の衛生署の検査ではいい評価は出ていなかったが大丈夫かなあ?
 結局、人ごみの中を民権西路から南京西路まで歩き、変わり果てた 「円環」の食堂ビル?を写真に収めホテルに戻った。

 先日台湾の音楽系掲示板に楽器屋を教えてくれとカキコしたが、案の定、知っている店が上げられる所を見ると、大きな楽器屋って本当にないのかもしれない。
 別の人がまた別の店を紹介してくれ、夕食後に出かけて探してきたが、一軒は住所を間違えた事もあって見当たらず、もう一軒の指定場所は政府?国家機関?軍?のあるところらしく、鉄条網がはりめぐらされていて、木陰にいる警官?と思って聞いたら、「そんな店はこの辺にはない」と厳しい口調で言われたが、良く見ると、自動小銃を胸に抱えている。
 木陰に隠れているといい、軍関係の施設だったようだ。
 結局、中正紀念堂から愛国西路を 小南門を経由して中華路まで出て、西門町、衡陽路で初めに紹介された(知っていた)店を覗き、さすがに歩き疲れてタクシーでホテルに戻った。
 今日は一日、街中とはいえ、良く歩いた。お疲れさん。

(2005年1月25日)
 今年も台湾出張が多くなりそうだ。
 冬の台北は天気の悪い日が多いので、なかなか良い写真がとれないのが残念。
 このところ出張時には会社のノートPCを持って来て、それで更新をかけていたが、ホテルと台湾の会社の往復も案外重たいので、今回は会社のモノの他、Y2K対策の時期の長期出張時に個人用に買った古いノートPCを持ってきた。
 バッテリーがメモリ効果でほとんど用をなしていない。朝食等でホテルの部屋をちょっと空けると、部屋の総電源が落ちるので、パワーマネジメントが効くまでの数分さえもたず、また再起動でチェックディスクが動いての立上げ直しだ。 しかし、部屋のキーカードを取ったら、コンセントの電源まで落ちるというのも変なホテルだ。

(2005年1月21日)
 今日は 台湾経済部部長他が某社を訪問された。昨年末に訪問される事となりドタバタしていたが、無事、問題もなく幹部との打ち合わせも終了した。 技術説明会では部長自ら積極的に質問されていた。 さすが工業局長経験者だ。
 予定されていた時間は後から経済産業省が確保しようとした時間だったらしいが、予定通り、某社を訪問となり、経産省は大臣との朝食会で終わらせられたようだ。 まあ、日本は正式に台湾とは国交がないので、ある意味、(日本側が)お忍びでの打ち合わせになってもしょうがないところか。


(2005年1月16日)
 正月休みに撮影したオークション用写真に説明を加え、数点、出品した。
 中学時代に買ったヤマハのアコースティックギター・FG-180(当時定価\18,000)が、最近、ゆずの片方が使っているという事でビンテージ?人気が上がったのか、6万円弱で落札頂いたのに続き、狭い部屋の場所を取っていた学生時代に友人から安く譲ってもらった俣野ギターが3万円強、15年程前に台北に赴任して早々に天水路のJupiterで買った1万元(当時は約5万円)のバルブトロンボーンが4万強、去年買ったバストロのセミハードケースが買値より若干上で落札頂いた。
 良いモノは基本的に良い価格で売れるのがオークションの良いところだ。
 商品の説明は別サイトに拡大写真を載せたり、詳細に説明を書く事で、予想していたより高値で落札いただける感じがする。但し、自分が詳細に説明できて、且つ出品サイトが専門分野である事が条件のようだ。
 あとは希少価値、販売はされていてもなかなか商品点数が少なくて手に入らない部類が高値を呼ぶようだ。




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  1. 2005/01/01(土) 01:01:01|
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あや~(阿雅)

Author:あや~(阿雅)
台湾で始めた二胡、2008年4月~2010年7月の間、さぼりながらのレッスンで、帰国後はホコリをかぶっていましたが、2012年10月からグループレッスンですが再開しました。
ずっとBigband JazzのTbをやってきたので二胡とJazzと台湾、台湾からの帰任後の中国関係の仕事から中国も含めたブログです。
ご連絡はmonsieur_tb♪s7.dion.ne.jpの♪を@に代えてメールでお願いします。

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