胡琴雅爵

Jazz-Trombone & Erhu-Fiddle

2001年の自言自語

自言自語(作者の独り言)
(2001年12月31日)
 So-netカスタマサポートからのメールによると退会により12月27日で接続解除するとの事だったが、いいかげんな対応のおかげで、今日も使えているのがいいのか悪いのか、よーわからん。
 たぶん、今夜のバッチかなんかでログインのリストからはずされるんじゃあないかな?
 さて、このホームページを開いて早5年が経った。
 今年も半分を台北で過ごしたが、まあ無事に過ごせたのはありがたい。
 一回り以上歳下の台湾の友人ができ、一緒にあちこち廻れた(振り回された?)のが良かったと思っている。
 昨日もわざわざ台湾から「過年」の挨拶電話をくれたり、彼もまたホスピタリティ豊かな台湾人だなあと思ってしまう。
 こんな人達が近くにいるから、このページも続けることができると感謝したい。
 
(2001年12月22日)
 8MBのADSLに早くしたくて、So-net(ACCA)で10月から使っていたけど、ホームページの容量がいまどき最大5MBだとか、家族会員が無いとかサービスが悪いので乗り換えは断念。
 解約するのも手続きやら対応が大変で、思ったよりサービスが悪かったから、退会手続き完了でホッとした所、月末にADSL接続解除というので、これができないとBiglobeのADSL接続テストもできない。おまけに年末年始!
 So-netからは27日に切れるとの返事だけど、NTTでのADSL接続テストは大方、正月明け?
 それからADSLモデムが送られてきてBiglobe(ACCA)の接続工事となると、12/28から下手すると1月中旬頃まで接続不可能状態ができてしまう!!
 メールだけでも100件以上はたまりそうだ。
 これだけネットが生活インフラとしてライフラインに近くなっている現在、対応を重要視して欲しい。
 いずれ大阪と東京に住む両親もADSLにさせて、ライブカメラででも相互の様子を見られるようにすれば安心かと思っていたけど、こんな状態じゃあ万一の対応もできない。
 ユーザ/ベンダ、ベンダ間の手続きばかり時間を食う時代から、はやく双方向でのリアルタイム環境変更ができるくらいオープンな世界にして欲しいものだ。


(2001年12月14日)
 年末はイベントが多い。
 11/25には恵比寿でサッ○ロビール&三△不動産関係のイベントに我がフォーカウンツオーケストラで演奏。
 12/12にはスペイン大使館がらみのイベントがあり、ハーティハードのスモールバンドで演奏。
 明日12/15は池袋で年末ジャンボ宝くじのキャンペーンでハーティハードのビッグバンド演奏だ。
 今、ハーティハードはペット陣が頭数揃わず、2人がプロと元プロのトラだけど、プロというのはスゴイと関心してしまった。練習に来てもらったけど、(決してラッパ吹きにとって読みやすいとはいえない(失礼!)先生の手書き譜を初見で、強弱ばかりでなくアクセントも山形と横棒の長さの違い、小節内の抑揚のつけ方まで、バッチシ!!! 
 まさにビッグバンドの一番ペットの見本のような吹き方をしてもらった。
 明日は野外演奏で申し訳ないが、勉強させてもらおう。

(2001年12月9日)
 いやあ、永い間、更新をサボってしまった。先週は一週間、台湾出張だったが、ハードスケジュールで台湾での更新するヒマ無しだった。
 台北市電脳同業組合(TCA)主催の視察で経済部工業局や南港軟体工業区へ行ったり、台湾のパッケージベンダを回り、最後は世貿中心の「資訊月」展示会へ。
 この秋に連絡先が判らなくなっていた台湾で一緒に仕事をした人の知り合いが、今回のTCAの方で、新しい連絡先が判ったのもメッケものだった。
 今回も一回り年下の女性同僚との出張で、2組に分かれての作業予定が、先方のスケジュールの直前変更でほとんど2人一緒の日程で、ギュウギュウ詰めになったのは敗因。
 でも、何故か今まで行っていない「度小月」の担子麺やお粥屋さんなど、一人100元以下の夕食メニューでヘルシーだった。(もっとも女性の同僚なんで夕食価格の数倍のデザート2次会が待っていたけど・・・(笑))

(2001年10月21日)
 また一つオヤジになってしまった。
 T-Zoneからメールで誕生日プレゼントとやらで、印刷してT-Zoneにもっていけば2000円の商品券をくれるとやら。
 早速、横須賀中央駅前のT-Zoneへ行ってデジカメ用のCFカードを買ってその足しにした。
 デジカメも4M画素ともなると、一枚あたりのファイル容量が大きいので、予備のCFも大きめが欲しくなる。本体購入時に96MBのを買ったので、今日買った予備は64MBでいいだろう。今までの32MBのは女房にあげた2M画素のCoolpix用だ。
 
(2001年10月14日)
 米国テロ事件や90人以上の死者をだした台風16号の影響でノビノビになっていた出張で台北に行ってきた。
 まだ台北中心部のMRT板南線は動いていなかったが、淡水線は台北駅が開いていないだけなので、台北に着いた10日(国慶節で休日)の夜は早速、同行のT嬢を連れて、士林夜市を「引きまわし」だ。
 あの人だかりに夜市を「堪能」してもらったみたいだ。
 まあ、士林で夜市に慣れたら、今度は華西街そばや饒河街の夜市も面白いだろう。
 しかし、華西街観光夜市はもうつぶれるんじゃあないかと思える位、閑古鳥がないている感じだ。
 やっぱり生活感の感じ取られない所は観光客も行かないといったところか。
 仕事の方は中二日の出張で結果は今一歩だったが、久しぶりに同行者のいる出張だったし、やっぱりオヤジ同士じゃあなく女性と一緒というのが、何回も行った夜市をも楽しくさせるもんだ。
 帰国が土曜日だったので、飛行機は夕方の便にして、カワイイ(ヨイショッ!(^○^))後輩をつれて假日花市・玉市見物。 彼女も普段は休みを挟まない出張なので、いつもは見られない休日花市を喜んでくれたみたいだ。
 午後は帰国なんで、近くにある朱記の牛肉餡餅が家族へのお土産だ。
 中正空港ではテロ対策の検査で時間をとられるのを覚悟して早めについたけど、日本アジア航空で日本行きの便だったためか通常の検査。でも、中華航空のロス行きは待合室の入り口でもスチュワーデスまでカバンを開けさせられていた。

(2001年9月17日)
 台風16号(台湾名:納莉)がすごいみたい。
 台北の会社の地下駐車場が浸水したとのこと。あの街は排水が悪いのは一向に変わってないなあ。
 しかし、20人以上の人が亡くなっているのはいたましい。台北近郊では相変わらず汐止や瑞芳あたりが被害にあっているようだ。
 今日からの出張は米国でのテロの影響で延びたけど、実際行っててもホテルまで辿りつけたかどうか・・・

(2001年9月15日)
 昨日、ADSLを申込みした。So-netの8MB対応。夏休みに大阪・吹田の実家に帰ったら、両親がADSLにするんで申し込んでくれとの事。大阪06局番なんで何でもサービスが早いなあと羨ましかったが、田舎の横須賀もようやくだ。
 でも吹田は途中まで光ファイバーなんで全部メタルにするには1万円強が別途必要とのこと。
 ウチもその可能性はあるなあ。
 So-netはいいけどホームページ領域が最大5MBでBiglobeみたいに追加サービスが無いようだ。
どうしても写真が多くなるとディレクトリサイズが増えるので困ったもんだ。
 Biglobeを安いコースに変えて残すしかないかも。
 ホントなら明日から金曜まで台北出張だが、NYのテロ事件の影響で、全社海外渡航禁止の通達。
 もし明日、解除されたら、あさってからにスライドだ。昨日買ったQV-4000を試撮りに連れて行こう。
 でも土日を挟まないんで夜の撮影ばかりになると、あのカメラはストロボが弱そうだからなあ・・・

(2001年9月14日)
 桜木町のヨコハマ・コスモワールドに娘を連れて遊びに行った帰り、ヨドバシカメラでCASIO QV-4000を買った。kakaku.comより1万近く高いけどポイントカードでほぼ相殺。
 今の200万画素のNikon Coolpix700も気に入っていたが、400万画素かつズームが欲しいと思っていて、コツコツ貯めた?出張の日当で購入。Coolpixはバカチョン的でQVは1眼レフ的な使い方になるだろう。 まだ撮ってないけど、操作性はなかなかのよう。ボタンが多い作りは、やたらメニュー画面操作の多いモノより、直感的な操作ができそうだ。選択のポイントはCFカードで単3電池対応、それに他社のパーツをうまく使ったコストパフォーマンスかな。

(2001年9月2日)
 最後の土日というのに、雨だ。まあ、3日ほど前からずっと雨だったからしょうがない。
 光華商場が捷運で二駅なんでちょくちょく覗いてる。 ワイヤレス・オプティカルマウスやら100Mbハブやらを値段も大して調べずに適当に買ってるが、安いんだろうか?
 ネットで調べたら、マウスはヨドバシのページで9800円くらいのが1750元(約6,200円)だから、まあまあか。

 今日は「阿貴主題餐廰」で食事した。「阿貴」は会社の後輩に教えてもらったけど、確かに三菱自動車がキャラクターとして使ったり、CFでもよく出ている。まあ、そのキャラクタをテーマにしたファミリーレストラン。
 別段、美味しいといった店じゃあないし、子供達の声で騒々しい。
 せっかく来たんだからと、オリジナルのTシャツを土産に買った。390元也。
 以前、士林夜市でよく似たキャラクターで「a-kueii」(iがひとつ多い)と書いたTシャツを土産に買って帰ったけど、それのホンモノ版。
 土産も一通り買ってしまうと、新しいモノ探しが大変。(それが楽しいモンでもあるけど。)
 最近、士林や西門町で「這些全是我做的(これら、皆、私が作ったモノ)」という名前の店が増えている。固まるカラー粘土でアフロ犬やモモ(ポスペ)、サンリオのキャラクター等の携帯ストラップやキーホルダーなんかを手作りする店だ。
 どの店も若い子でいつも一杯だ。
 携帯ストラップ1本290元(1000円)だから、まあいい値段。
 キャラクターも日本のものが多いけど、日本グッズブームはまだ続くんだろうか?

(2001年8月26日)
 昨年9月から頻繁に日本・台湾を往復しているが、今回ので一段落。今後の台湾出張は一般的な打合出張になりそうなので、土日を挟むのはほとんど無くなるだろう。 ・・・という事は、土日を使って遊びに行けるのも、これが最後だろう。
 そうなると写真のコーナーも今までの様に、追加更新は難しくなるが、年に1度行けるかどうかといった環境での台湾関係HPオーナーもおられるので、これは贅沢というもんだろう。
 これを期に写真以外のページの整備から始めよう。
 
 とはいうものの今日、早速、竹東(新竹の東)へ連れていってもらった。
 先ず大溪で有名な豆干(干し豆腐)を食べ、次に北埔で客家料理。きしめんみたいな板條は有名。
 大溪の老街を歩いていると、近くからピアノの練習なんかが聞こえてきて、のどかな街でした。
 でも、その練習曲が滝廉太郎の「荒城の月」だったのに何か違和感と懐かしさが。
 その次は竹東で客家の擂茶(抹茶)。
 見た目は日本の抹茶に似ているが、ピーナツと白ゴマ黒ゴマを先ずすり鉢に入れてグアバの木の枝のすりこぎで摺る。そのあとに漢方20種類の入った抹茶を入れて、玄米を浮かせていただく。う~ん、奇妙な味だった。
 台北に戻って、深坑老街で食事。ここの名物は臭豆腐で、通りのあちこち臭豆腐屋さんがあって、通りじゅう「臭い」!

 夜は友人の親戚の家でカラオケ大会だ。
 林森北路のカラオケ店の紹介で買ったという、第一興商の業務用カラオケセットで。
 しかし、台湾人なのに、みんな何でこんなに(ボクより)知っているの言うくらい演歌ばっかり。
 不思議に思うところの多い、且つ、愛すべき友人達だった。


(2001年7月24日) 祝!40,000アクセス!
 いや、気が付いたのは超えて19アクセスの時なんです。
 その前は39,500あたりだったんで、そろそろだなあとは思ってましたが。
 この1万アクセスはちょうど9ヶ月位でした。
 調べている訳じゃあないけど、リピータの方が多いといいなあと思ってます。
 リピータにも新鮮なページを提供できるよう、頑張ろう。
 写真のページ以外がぜんぜんメンテされていないのが気になってるけど・・・

(2001年7月8日)

 朝、蓮畑を見た後、せっかく温泉地の近くまできたので、ひと山越えて關仔嶺温泉へ。泥のような濃い灰色の温泉で、水面下2cmほどで何も見えない。ヌルヌルの感触がいかにも効きそうな感じ。入った警光温泉も共同浴場の形式。 
 温泉で一汗流してからは、今回の台南へ。鄭成功がオランダ軍を破って取った「赤嵌楼」を見物し、「友誠蝦仁肉圓」で食事して、安平古跡へ行こうと思ったが、台北へ帰る時間もあり、途中の台中に向けて出発。台中ではブランコのあるオシャレな「珈琲魔術師」でコーヒーブレイク。その後は渋滞にひっかかり、新竹についたのは夜8時前。
 新竹はといえば、やはりビーフン。これに豚のツクネの貢丸のスープに牡蠣オムレツのオアッチェンでお腹一杯。
 またまた渋滞に引っかかって、台北にたどりついたのは23時を回っていました。一番疲れたのは運転していた友人だけどね。軒ちゃん、トーシャー。

(2001年7月7日)

 日本じゃあ七夕だけど、こっちは旧暦対応なので平日。
 友人たちと朝5時半出発で一路鹿港へ。台湾に住んでいたことから、一度行きたいと思っていた街だ。 ただ、暑い中の名所移動で多少うんざり。それに龍山寺は修復工事中で本堂が見れないばかりか、敷地の2/3ほどが見れない。 だけどその後に行った、新港の「開臺媽祖」はすばらしい廟だった。廟にこれほど見入ったのは初めてだ。各堂に(誤字のない整然とした)日本語での説明書きがあったが、こんな所まで日本人観光客は来るのだろうか? 
 その後は嘉義の「噴水鶏肉飯」で有名な鶏肉飯を食べ、白河へ。ここが今回の目的地。蓮で有名な村だ。蓮がこんなに大きいとは知らなかった。また、睡蓮が夜に咲くことも恥ずかしながら知らなかった。その上、民宿のオヤジが宿泊客とホタルを見に連れていってくれた事、翌朝は早い出発なのに、そのオヤジと夜遅くまで飲んだことなど、またいい思い出が残った。

(2001年6月30日)

 こっちの会社の人が「スギモトさん、遊びに行かないとあなたのホームページ、全然新しくならないから、連れていってあげるよ。」とズバリのコメントをもらって前回の出張最後(6/6)に行ったのが基隆の夜市。
 このときの写真をアップしようとは思っているものの、前回の出張中に通販でAdobeのGoLiveを買ったけど、CDだけ持ってきて、昨日、インストールする始末だ。使い方もわからないから、結局、今日はIBM ホームページビルダーで打ってるのがなさけない。

 今回は水曜日に来て、今日(土曜)はピ-カンの暑い中、久しぶりに鶯歌と三峡に行ってきた。
 鶯歌はこんど定年退職される元上司への贈り物の陶器と、ここなら安いんじゃあないかと考えていた、茶壺や茶海を置く竹の台を買いに。
 台はだいたいどの店でも2000元位の値札が貼ってあるようなのが打7折(30%off)から結局、1000元に値切りたおした。 台湾語で話してくる店の歐巴桑(オバサン)には、「パイセイ、ゴァシ、リップンラン。スオイ、タイギー、ティアボー。(ごめんなさい。私、日本人なんで、台湾語はわかんないんよー。)」なんて言ったあとに片言の北京語でやると、相手も「キ・モ・チッ(気持ち)」良く、負けてくれる事が多いです。
 聞くと、これらの竹は台湾孟宗竹とのこと。 その言葉を聞いて、昔行った阿里山鉄道の途中で見た竹やぶが目に浮かんだ。
 鶯歌の陶器は見るなら陶器街と言われる老街の方だけど、あっちは高いのが多いから、「普通のモノ」を買うならやっぱり駅の裏だと思っている。

 その後は路線バスで三峡へ。19元。 まあ、見るとこは多くはない町だけど。
 三峡では日本人観光客に2組も会った。一つは会社の慰安旅行っぽいので、ガイドらしい人がいたんでオプショナルツアーでしょう。
 もう一組は家族が日本から来ている単身赴任っていう感じの一家。バスに乗った時、料金がわからない様子だったんで、思わず「一人45元です。」と助け舟をだしたけど、子供(といっても2人とも大学生くらい)から「判ったの?」って聞かれた母親が「教えてくれた。日本語で。」と聞こえた。
 まあ、こっちは見るからに純粋の日本人オヤジなんだから、「日本語で」はないでしょう?
 でも、このところ無いなあと思っていたけど、帰りつく直前に、また台湾人に路を聞かれた。 台湾ナイズしてきてるのかなあ?
 このところ、特に感じているんだけど、台北は日本人が多くなってきているじゃあないかなあ?
 やたら、日本語が耳に入ってくる。

 そうそう、三峡に行く人は要注意。
 台汽の台北-三峡直行便は6月25日でなくなっています。307番のバスで3段分(一段15元)で板橋、土城経由(台北市内は龍山寺経由中華路北站)で帰ってきました。(306番も通ってるようですが経由が違いみたいです)

(2001年6月1日)

 2泊3日で台湾から香港~深センに出張してきた。
 香港は9年ぶりで、新しいだだっぴっろいだけの空港も初めてだったが、中国(まあ、香港も中国だが)に入ったのはほぼ15年振りになる。
 まして、深センは経済特別区なので他の地域とは異なるのはあっても、昔の中国を知っているだけに、ちょっとしたカルチャーショックを受けてしまった。
 それも、1979年に深センで入国手続きをした時は回りには田んぼと牛しか見えなかったのだから。
 しかし、まったく理解できない広東語の世界から一歩、深センに入ると北京語の世界にホッとしてしまう。
 出張先の会社の人に聞いたら、「深センは経済特区という新しい町なので、全中国から人が集まっているから、広東語は殆ど使われていない」との事。そうだよね、バカな質問をしたもんだ。
 まあ、やっぱり大陸は町自身が広い。台湾に帰って、こっちの日本人と話してみても、「シンガポール、香港や台湾がやっぱり便利なんじゃあなーい?」 まあ、全体的に進んでいることもあるが、地図のワンブロックの大きさが桁違いだからねえ。

(2001年5月26日)

 今日は久々に金瓜石と九分へ行った。去年の誕生日に行って以来だ。
 天気はピーカンではないけど、紫外線が強そうな一日だった。案の定、帰って気が付くと腕が日焼けしている。
金瓜石はデジカメでしか撮ってなかったので、あまり日を置くと変わりすぎていそうなので、今のうちと思ってペンタのMZ-3を連れていった。
本山五坑からのトロッコ道の跡は遊歩道になっていけど、今回はトロッコ道らしくレールを引いて見栄えを良くしている。
 トロッコ道というのがこんなのかどうか分からないけど、(これはケテルさんの領分?)まわり風景のせいか、あまり違和感なかったのが良かった。
 本山五坑の坑道横の変電所は、入り口を封鎖されていた板が取れていて、中に入れるようになっていた。
 変電設備のメータにはOMRONやら日立製作所の文字が。日立の亀の子マークの後に「限時過電流継電器」と日本語やら中国語やらわからない名前がついており、「下図ハ限時目盛10#ニ整定シタル場合ノ限時特性曲線トス。限時ハ整定目盛ニ比例ス。」と書いてある。いつの時代のかと思ったが案外新しく、製造年1967となっていた。 黄金神社の上の何だろう、ケーブルの巻上げ機のような機械がある建物跡は荒れ放題で中も覗けなくなりつつあったが、黄金神社まではともかく、ここまで登る人は少ないからだろうか?
 帰りに九分に寄ったが、基山街はほとんどバーゲン時のデパートの中状態。
 まあ、学校が休みの土曜だったのでしょうがないけれど、今度くるときは一・三土曜だな。
 本当は平日に九分茶坊あたりで半日ほど、お茶を飲みながらボケーっとしたいが、こちとら出張で来ている身、平日は無理なのが残念。
 そうそう、10日ほど前、汐止の東方科学園区の火事が記事に載っていたけど、電車の窓から見ると、30階建てくらいビルの上半分がガラスも割れ、真っ黒になっていた。去年の洪水といい、このあたりは風水が悪い?
 あと、自強号の社内電光表示に、「社内の”安寧”のため、携帯電話はデッキでお願いします。」と出ていた。
 この「安寧」をどう捉えたらいいか分からないけど、こういったマナー改善の表示が何かしっくりこない。 案の定ピーピコ携帯が鳴っている(こっちの和音着メロは有るらしいけどまだ聞いたことがない。)けど、誰もデッキに行こうとしない。だって、立っている人のいる自由席車両だもんね。
 
(2001年4月20日)
 木曜日に若い友人達と食事した。淡水河を越えた三重市のメシ屋。かっこよく言うとオープンカフェ式、平たく言うと屋台に毛のはえた程度。
 会社の同僚と、彼の友人でときたま二胡の練習のポイントを教えてもらっている人とだが、彼女も連れてきていて一緒に食事だ。
 いそうでいないのが「人見知りする台湾人」。彼女を含め彼らみんなそうだが、一回り以上年上のオヤジ相手でも親しげに話してくれる。
 昔の大陸の言葉を思い出した。「一回会えば友達で、二回目からは老朋友。」
 さて、ようやく台湾街角ギャラリーのバックログが消えた。
 結局、写真を撮ってるかという事なんだけど、バイオグラフのように「デジカメ期」と「一眼レフ期」へと好みが行ったり来たりしている。今は「一眼レフ期」なんで、こないだの十分もデジカメは置いて行ったが、現像に出していないので、失敗してたらまた撮りに行かなきゃ。となると更新まで時間がかかりそう。

(2001年4月14日)
 なにやら、台湾に来ないと更新しなくなってしまってる。反省。
 今日は朝から曇りだったので、考えていた十分行きを諦めたけど、9時半になって陽がさしてきたので、急遽、タクシーを飛ばし台北駅10時4分発の車中の人に。
 各停で揺られ、九分に行く時の瑞芳で平溪線に乗り換え。
 トーチカが残っている川沿いに走り、十分まではわずか15分程。
 十分駅は昔行った小湊鉄道の養老渓谷駅を思い出させる。
 腕木式の信号もカタンとなって動いている。いつまで残っているだろうか。
 十分瀑布までは20分位で、ガイドブックには「誰が言ったのか東洋のナイアガラ」だと。
 誰が言ったんじゃい!
 7-11で買ったオニギリ(黒胡椒鶏と鮪魚(tuna))を食べて、線路の上を20分ほどで一つ前の大華駅。線路の上を歩くなんて長い間やってない。まあ、1時間に1本程度だからできるんだけど。
 15分ほどで来た電車でまた十分駅に戻り。15元。
 十分駅で写真を撮っていたら雨がポツポツと。日本触媒のCMほど降ってこなかったけど。
 今日の十分行きも台湾黄昏地帯と侯孝賢撮影地画像作品集のページに助けられました。ケテルさんつばたさん、多謝。
 28-300mmのレンズを持ってきたけど、今一歩の天気だし、さすがに300側は三脚がないとダメみたい。
 月末に帰ったら今回のスライドをフィルムスキャナでも買って取込もうと思うけど、ブレてないかが心配。
 台北に戻って、何気なくJAA(日本アジア航空)の今年のクーポン&ガイドブックを見ると、十分駅での金城斌と志村けん写真が数ページに渡って載ってる。いずれここも日本人団体観光客が来るのかなあ? まあ九イ分ほどの話題性(元金山、映画の舞台など)がないから大丈夫だろうが、今のままの十分を残して欲しいという、勝手な思いです。
 
(2001年3月13日)
 この時期は花粉症のない台湾がありがたい(日本以外ならどこでもいいが)。
 今回の出張は夏モノのスーツを持ってきたがちょうどいい感じだ。
 雨の多い冬もようやく終わり、これから晴れの日が増えてくるはずなので、休みには郊外でも出かけて、またMZ-3を連れて行こう。デジカメは楽なのでついついニコンCoolpixに傾いているが、やっぱアナログ人間なのか、スチルカメラには惹かれるものがある。
 さて、今度の出張は趣向を変えて去年買った二胡を持ってきた。
 一応、ヘビ皮なのでワシントン条約対象と思い横浜税関に電話で聞いたら、「いづれ持ち帰るんだったら成田空港の税関で外国貨物持出証を出せ」との事。成田のインフォメーションで聞いて手荷物検査入り口の左横を見るとありました、「税関」の看板。扉横のチャイムを押すと、ドアを開けてくれたけど、普通の事務机4つほどの部屋。係りの職員さんがA5サイズくらいの紙を出してくれて、記入したところハンコを押してくれてこれでOK。
 さあ、次は先生探しだ。ペーペーの入門者だから、知り合いとはいえ温金龍さんには頼めないので、こっちの会社経由。長期の出向ではないので、教室のコースに入れないのがつらいところだ。

(2001年2月21日)
 帰国が近づき、いろいろとお土産を頼まれ、CDを買いに行った。
 平井堅のCDを買ったが330元。Sony Musicのロゴが付いているので変なモノじゃあなかろう。
 ほかのCD屋へ行くと、平井堅の別のCDが「おやっ?」110元。Sony Musicではないが堂々と売っている。よく見ると、写真の鮮明さが今一歩。本当のヤバイものは電話で発注、宅配で50元位との話を聴いたので、店頭では売っているのは違法ではないに違いない。
 そういえば先日、交流協会のセミナーで台湾で著作権を主張するためには、日本で発売して30日以内に台湾でも発売しなければ認められないとのこと。
 ということは、この110元CDも台湾では合法なのであろう。しかし、オリジナルについていないボーナストラックが安い方のCDに入ってるというのはサービス精神?
 R.O.C(Republic of COPY)は健在だった。(笑)


(2001年2月20日)
 とりあえず、ページの体裁だけは変えてみた。
 中身は同じだけど枠を作り直したので、徐々に古くなった情報を修正していこう。
 こっちの会社のスキャナで新紙幣情報を更新しようとしたら、故障中とのこと。こっちのネットカフェでもスキャナ取り込みはできるみたいだけど、台湾とはいえ他人の面前でお金をスキャンするのは気がひける。
 アクセスのログ情報を無償提供しているサイトがあったので、早速申請(といってもオンライン登録で即使える)してみた。 なかなか、面白い。これはお勧め。
 しかし、昨日今日と早くも暑くなってきた。今日は晴れていたから夏のスーツで出たけど、ちょうどいい位。天気予報では最高気温25℃とのこと。先週は最高気温が15℃とか言っていたのに。

(2001年2月18日)
 だいぶホームページのリニューアル(といっても内容の修正と絵柄だけ)の準備がそろってきた。
 HPメンテもいいけど、昨日、今日と朝から天気がいいので今日は温泉にでもと、こっちの会社の女性が勧めてくれた烏来温泉の国際岩湯へ同僚と「泡湯(温泉に入る)」に行った。
 烏来は比較的近いのに、なぜか今回が初めて。
 新店まで捷運で行き、そこから乗合タクシーで約15分一人100元。
 この国際岩湯は380元と多少高いけど、湯温などこまかく見て回ったりしていて、日本の立寄り湯と同じで好感が持てる。温泉は炭酸泉なので無色透明。
 竹の垣根の向こうは温泉らしく川の水温が暖かいようで、皆さん水着を着て川で泳いでいる。
 2時間近くいくつかの湯に入った後は、せっかく初めて烏来へ来たので、トロッコとロープウェイで雲仙楽園へ。こっちの人の行楽地としてはいいけど、わざわざ日本からのツアーに入れるほどのところじゃあないかも。もっとも台湾温泉ツアーならいいけど。
 昼食に食べた川エビのから揚げも良かったが、竹筒飯がうまい。要は竹筒で蒸した山菜おこわ。竹の内側の皮がもち米にひっついていて香ばしい。おすすめ。
 ただ、帰りのバスが大渋滞で、新店まで1時間半近く。 クタクタでの帰宅。
 まあ、今日の烏来でガイドブックに載っている台北近郊はほとんど行ったことになるかな。もうちょい近ければ言うことなしだけど。


(2001年2月6日)
  友人から悲しい訃報のE-mailが入った。あのJ.J.Jhonsonが亡くなった。77歳だった。
 速いすぎるフレージングが一時は好きになれなかったが、Jazzの歴史の中で”Jazz Trombone”を変えたのはやはり彼であり、亡くなった今でさえ、偉大なTrombonistである事は誰も否定できない。
 アマチュアとはいえ、Jazzを愛する一人のtrombonistとして心から哀悼の念を抱かずにはいられない。
 訃報を入れてくれた友人へのE-mailを書いている時、仕事中なるも、Bill Evans, Count Basieの訃報も思いだして今回の訃報に重なり、はからずも目頭が熱くなってしまった。
 一人一人と現在のJazzを築きあげてきた巨匠達がこの世を去っていくのは本当に忍び難い。
 歴史が変わりつつある中でJazzのハートを伝えていくのはプロ・アマを問わず、Jazzを愛好する人達なんだなあと思いつつ、最近の台湾のジャズブームを好ましく思う私も1ジャズファンだ。
 ともあれ、彼のパワフル&ハートフルな演奏とJazzへの愛情に感謝し、合掌。
 

(2001年2月3日)
 春節明けにこちらへ来て早々、こっちの会社の人たちと北投温泉の「川湯」へ。 養生料理餐廰とある。
 寿司まであるのが引っかかるが一人300元の消費で温泉入浴料がサービスとなる。個室の温泉でないのはこれが始めて。白濁の硫黄泉だけど、やっぱり温泉は露天がいいねえ。
 その後は台北の街の反対側、木柵の奥の猫空へお茶を飲みに。文山包種茶が有名らしいので頼んでみたが、今一歩だったので、メンバーが持っていった烏龍茶。
 2時間ほどがあっという間だった。
 裸のつきあいも通じる「台湾」もまたいいなあと感じた。

  1. 2001/01/01(月) 01:01:01|
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あや~(阿雅)

Author:あや~(阿雅)
台湾で始めた二胡、2008年4月~2010年7月の間、さぼりながらのレッスンで、帰国後はホコリをかぶっていましたが、2012年10月からグループレッスンですが再開しました。
ずっとBigband JazzのTbをやってきたので二胡とJazzと台湾、台湾からの帰任後の中国関係の仕事から中国も含めたブログです。
ご連絡はmonsieur_tb♪s7.dion.ne.jpの♪を@に代えてメールでお願いします。

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