胡琴雅爵

Jazz-Trombone & Erhu-Fiddle

2000年の自言自語

自言自語(2000年)
(2000年12月12日)
 雨が降るとさすがに、肌寒い。まあ、夏物のスーツでもまだ間に合うが、こっちの人はコートにマフラーという姿。温度への慣れというのはすごいもんだ。台湾の人から見ると日本人は「寒冷地仕様」なんだろう。
 会社からアパートに帰って第4台のNHKワールドをつけ、風呂に入ろうと素っ裸でTVの前を横切ろうとすると、TVが中国語OSの開発がどうのこうのと言っている。
 ちょい気になって、TVの前に立って見ていると、「しゅ・ほうふく」さんとの名前。
 うん? どっかで聞いた名前と思い、自分のページを開くと、ああ、やっぱあの人(倉頡入力法の発明者)でした。昔、お会いした時も研究室から出てきましたっていう学者肌だったけど、TVでも相変わらず。
 こんな偉い人だったんだと思わずうなってしまった。変わったのは黒々としていた髪が真っ白になっていた事くらいかなあ? まあ、髪については人の事は言えない。 まだ有るだけいいよなあ・・・・


(2000年12月10日)
 先週の土日をつぶした仕事も一段落し、久々のゆったりした休日だ。友人から今日、太平洋そごうの12階で温金龍さんが演奏すると聞いて行ってみた。
 日僑協会文化部主催の「日台ふれあいフェスティバル」で、メインは日本人学校の学生やら関係者の発表会のようなものだった。12回ということは12年続いているんだとすると、昔、台北に住んでいたころに始まったばかりだったんだ。
 温金龍さんは2時頃からだろうと聞いていたけど、プログラムがなかなか進まない。
 デパートの中やらあちこちをぶらついて時間をつぶそうとしたが、こういう時の時間ほど長いものはない。ようやく4時頃、第2部開幕がブラスバンドで日本人学校小学4年生~中学1年生に4~5人の大人が交じってのアンサンブルだ。チューニングが合っていなかったり、音が上がりきっていなかったり、リズムがコケたりしているが、一生懸命練習しましたっていう感じがヒシヒシと伝わってくる。
 やっぱりこれがアマチュアの醍醐味だよなあと感じ入ってしまった。
 さて、最後のトリを温金龍さんが締めるのと思ったら、司会者の人いわく、「昨日、楽器を積んだ車ごと盗まれてしまい、今日は残念ながら演奏できないとのコメントをいただいた」との事。
 その場で会場を出て、永康街の彼の居場所へ行くと、店の奥のテレビを彼女と2人並んで見ている。
 「にいはお!」と入っていくと、「昨日アメリカから今日の演奏のために帰ろうと服を着ていたところ、盗まれちゃった。2度目だよ~。また今晩アメリカに戻るんだ。(といっていたと思うんだけど、語学力不足で自信がない~(;_;))」なんて大した事じゃないといった顔つきで話してくれた。
 前にも書いたけど、彼に買った二胡を見てもらった時、「いい音を鳴らせるには弾きこまないといけないよ」と言ってたけど、彼は大丈夫なんだろうか?と思いながら、店をあとにしたが、持参した彼のCD「台湾歌」にサインをもらい忘れた。


(2000年11月5日)
 こちらの会社の人と陽明山にドライブに行った。彼の両親と彼女も一緒だ。
 「ニイハオ」と挨拶すれば、歳は離れていたもすぐ、人なつっこく昔からの友人の様に話かけてくるのが、台湾人のいいところだ。彼のお父さんが「スギモトサン、スギモトサン」と知っているありったけの日本単語を駆使して話し掛けてくる。この積極性、見習わなければ。
 台風21号(貝碧佳)に繋がる前線の影響か、市街地はそうでもないが、新北投を登っていくと、雨や霧がすごい。フォグランプが無いと前からの車も見えない。 結局、いくつかの名所を回るのも、車の中からという程度。
 今日のメインは温泉。台湾滞在期間はまあまあ有るのに、温泉は今回が始めてだ。昔、緑島に行ったとき、旭温泉という海底温泉があったが、その時は潮が引いていて、熱すぎて入れず、翌日は仕事で一人、台北に戻ったのでそれじまい。
 露天や共同浴場もあるが、台湾の温泉は個室(写真)が中心と聞いていたが、今日のところ(写真)もそれだった。
 食事をすれば入浴料は無料というタイプの温泉食堂?だが、温泉だけでは40分100元。
 陽明山温泉は硫黄泉なので、肌にいいらしい。帰ってからもスベスベ感が残っている。
 今のアパートは浴槽がなくてシャワーだけなので、どっぷり入れたのはほぼ1ヶ月振り。
 いやあ、極楽極楽。やっぱ、日本人?


(2000年10月15日)
 出張者と故宮博物院へ。工事中で書画は1/3程度しか展示されていなかった。
 帰りに士林駅近くのマックで新たな発見。「得來速」??→(発音)デライ・スー→「ドライブスルー」!!。「得」るためにでて「来」るのが「速」い。 なるほど!!


(2000年10月21日)
 せっかくの誕生日だし、ゴロゴロしてるのももったいないと思い、何回か足を運んだ九分/金瓜石方面でもと思ってアパートを出た。通算6回目だ。
 台北駅から特急・自強号(80元)の土曜日だけ出てるのに乗った。もちろん直前なので空席なんてないのでデッキに。
 さて、動き出したがドアが閉じない。ああ、手動ドアか。台湾国鉄さん、特急くらい全部の列車を自動ドアにしてほしい。
 瑞芳で手動ドアを開けて(しつこい?)降りて、バス(17元)でとりあえず九イ分へ。金瓜石のほうへ歩きだして、数枚写真をとったが、運動不足だし・・・と思い、戻って鷄籠山(基隆山)に登る事にした。
 天気も時々霧のような雨が流れてくるので、中腹あたりまでと思ったが、若い連中はともかく、年配の方も登っていくので、結局、頂上まで約1時間。
 太平洋側が見えて、あっちが日本か!。 石垣島は見えないかと思ったが、わずか500m強の高さ。見える訳がない。
 反対側は金瓜石の第五坑が下の方に。黄金神社もここよりは100m程下だろうか、下になるがギリギリ稜線に隠れて見えない。
 行きはよいよい、下りはふくらはぎが震えだしたが、色んな蝶がまとわりつくようにやってきて、いい気分転換に。
 アオスジアゲハやシジミチョウ、タテハチョウなどのほか日本では見たこともない、何て言うんだろうか?、白丸が点々とある蝶なんかが、手でつかめるくらいのところに。蝶好きにはたまらないだろう。蝶の多い埔里の奥でもないのに。
 足のつかれをとろうと思い、喫茶「天空の城」の3階のベランダで甘草瓜子を割りながら、東方美人茶を飲んで、雲の流れをぼんやり見たり、港に入る船をボーっと見たりで、うん、いい一日だった。
 異塵Ⅰで入ったアルコールと、さっきタワーレコード頂好店で買ったエラおばさんの歌とジョー・パスのギターで寝ることにしよう。
 帰りに買った噴気式撒隆巴斯(エア・サロンパス)をかけるを忘れずにね。


(2000年10月19日) 祝!30,000アクセス
 今回は十十の休み明けに訪台した。相変わらず日本亞細亞の台北便は満席だ。
 数日見ていない間に30,000アクセスを超えていた。皆さんありがとう。 あと2日で誕生日だったのでいいプレゼントになりました。
 30,000アクセスまでにリニューアルしようと思っていたのに、全然間に合わなかった。
 台北でのアパート暮らしをスタートし始めたのはいいが、ベッドのシーツや枕なんかの必需品を買いにいったり、やっぱ音楽がないと、と言う事でディスクマン用にスピーカを買ってきたりでドタバタしている上に、夜は11/14のコンサートに向けてのトロンボーンの練習もしたり(YAMAHAのサイレントブラスを持ってきたので夜もできる)で、なかなかゆっくりPCの前に向かえない。
 サイトマップのトリー図から作り直そうと思っているけど、このひと月は難しいかな?


(2000年9月20日)
 また、あの9月21日(集集地震があった日)がやってくる。去年と同じく台北にいる。
 再び長期出張が始まり、今回は借上げアパート住まい。
 ホテルから移った翌日(9/10)さっそく地震のお出迎えだ。
 中央気象台のページをみると台北で震度4級とある。震度4級といえば昨年の集集大地震と同じ強さだ。
 でも、感覚的には揺れている時間が短いせいか、余震がないせいか、そんなに強くは感じなかった。
 ホテルは従業員もいるし客も多いからいいけど、アパートは一人っきりなんで、災害があると心細いのは確かだ。去年、地震を経験した兄弟飯店は12階以外は木製ドアなので、万一は蹴破る事ができるけど、アパートはご丁寧に防犯対策もあり、頑丈な鉄扉。
 扉の枠が曲がれば、ドアは開けられず、おまけに9階だ。要注意だけど、注意しても防げないのが地震だもんなあ。
 さて、明日の9月21日は今回出張の帰国日だ。
 ホテル住まいじゃあないから、荷物はみんな置いていけるので、スーツケースがガラガラのままの帰国だ。
 10月からはまた、台北生活が始まる。HP内の情報が古くなってきているので、リニューアルを含め、内容修正する時間がとれそうだ。


(2000/6/15)
 またまた5月出張の続きでの来台だけど、風邪を引いてグロッキー気味のスタートだ。
 温金龍さんにはHPでの紹介を承諾してもらったものの、なかなかコンテンツ案がまとまらない。
 やっぱり楽器の弾き方もそうだが、二胡自身をよく勉強しないとだめだ。
 おわびでもないが、日本で買った二胡のCD2枚を彼へのお土産に持った来た。
 どちらも大陸の人のだ。
 渡す時間がとれるだろうか? 温さんの彼女のお店に行くしかないが・・・。




(2000/5/21)
 連休明け早々にまた台北入りし、休みを挟んでの出張だったので、同じ時期に出張で来ている二人を九分に連れていった。
 二人とも気に入ってくれたようだ。また「九分茶坊」にいったのだが、いやに日本語のうまい店員さんだなあと思ったら、失礼、日本人だった。
 台湾の男性と結婚して桃園に住んでるけど、休みはご主人の実家の九分で手伝っているとの事だった。
 最近、日本人の観光客が増えたけど、ここでゆっくりお茶でも入れて九分での時間をのんびりと過ごすという人がとても少ないのが残念との事だった。
 年ごろからいって、少なくとも私が初めてこの店にきてから結婚されたんだと思う。
 台湾の慣習では「休みは旦那の実家」というのが普通なので、観光地とはいえ片田舎(失礼!)への行き来、ご苦労さまだし、それを押しての国際結婚。愛の力とはいえ、頭がさがりました。
 お名前を聞くのを忘れたが、他のなでしこ会(台湾人と結婚した日本女性の会)のメンバーともども頑張ってほしい。


(2000/3/26)
 温金龍さんにギュンター・ノリス トリオが演奏しているビヴァルディ「四季」をレコードからカセットにダビングして送ってあげた。
 なにやら次はロック調で「四季」をやろうとされているらしい。年代的にもロック世代の人だから好みがそちらに行くのだろう。 
 プロに「これを聞いてみたら?参考になるよ。」なんて言うのはおこがましいが、そんな事を台湾人が気にするはずがない、と思いなおして送ることにした。
 3/13の帰国前日に会った時、買った二胡のケースにサインをしてもらった。
 年末頃に日本への演奏旅行を計画中でスポンサーを探しているとの事。
 この時、私の二胡を取って何気に2~3フレーズ弾いてくれて、「うそだろー、本当にそれ、オレの楽器?」って程、音色が全然違う!!!!!
 蛇のウロコ1枚1枚が大きな正方形できちんと並んでいるのがいい琴皮らしいが、彼いわく「うーん、いい楽器じゃない?弾きこんだらもっと良くなるよ。」だって。
 彼にこのHPで紹介してもいいかって言ったら、「当然」と二つ返事。
 「ネタや曲がほしかったら、E-mailで送ってあげるよ。」なんて軽いノリ。肖像権は本人がOKって言うからいいとしても、曲は著作権が絡むので、辞退したが。


(2000/3/12)
 2/20に来てから3週間、「一日中晴れ」という日がなかった。雨が降らない日があるといった程度。あと2日で帰国だが、天気予報は晴れマークは出ていない。
 テレビは選挙一色で、話題としても総統選が挙がらない日は無い。投票まで1週間を切ったので、台北駅前を覗きにいったが、2週間前とそんなに変わらない様な気がする。
 外国人だし当然選挙権はないが、節操なく、陳さんと連さんの旗をもらってきた。
 TVコマーシャルなど、さすが金持ち政党の国民党はひっきりなしに他候補批判のコマーシャルを打っているが、これに対抗して?どれだけ陳陣営に貢献しているかわからないが面白いのが”a-bian”(a-bianとは「阿扁」で、陳水扁の愛称)ブランドのグッズ販売だ。
 "a-bian family 2000-2004"と書いた鞄やTシャツ、帽子、人形などいろんな物が売られており、この時しか売ってないのでいい記念だと思い、ウェストバッグ(350NT$=約\1200)を買ってしまった。
 二胡の方は相変わらずキーキー言っている。楽器のせいにしたいのが素人だなあと思ってしまう。
 ホテルの部屋では思いきり弾けないのでよけいに変な音がする。
 教則本(WeiWei Wuさんの二胡入門)は日本で既に買ってあるので、帰ったら練習だ。


(2000/2/28)
 昨日、二胡を買った。定価15400元を打7折(30%OFF)だ。
 温金龍さんが選んでくれるという話だったが、演奏でラスベガスに行ったきり帰ってこないので、(スッて帰れないんじゃないなどと、一緒に買いに行った友人とウワサしながら)こちらの帰国日程もあり止む無く、温金龍さんの女朋友のお店近くの楽器屋さんの老板に選んでもらった。
 どれがいいか判らず迷っていると、老板曰く「初心者だから自分の音を聞いても判らないよ」だって。返す言葉がない。そのくせ、この老板は二胡はできず、できるのは琴なんだから・・・
 まあ、たしかに自分のやっているトロンボーンでも同じだからよくわかる。
 結局、音が小さめの南方の二胡にしたがホテルの部屋で弾くと、案外うるさい。
 日本に帰ったら、一度、きちんと習いに行こう。
 心配なのは使ってある蛇の皮がワシントン条約でひっかかるんだけど、老板曰く、「これは養殖ヘビなので規制対象外だし、正規輸入品である(中国からの)輸入申請の写しをあげる。これで今まで買った日本人は問題ない。」との事。本当かなあ?
 まあ税関で素直にその旨、言うしかないだろう。
 ところで、まだ雨が止まない。土曜日に一旦あがったが、また降り出した。もう一週間以上だが、なんと3月中旬まで続くとの中華電子報の天気予報。かんべんしてくれ~


(2000/2/23)
 春節が終わり、一月ぶりの台湾だが、街中は3/18の総統選挙戦一色だ。
 ・・・と書こうと思って訪台したが、台北市長戦よりは穏やかな感じがする。
 2/19からの連続の雨が止まず、うっとうしい日が続いているから?
 昨日、高雄へ日帰りしたけど、向こうはいい天気。小さな島国だけど気候が違うのを思い起こさせられた。
 相変わらずのキティブームはすごい。マクドナルドに長蛇の列があるかと思うと、キティ人形付きマックポテト?が出る日だと。 恐るべし、サンリオ!
 ちなみに、「キティちゃん」は台湾ではダメで、「ハローキティ」と言わないと、わからないそうだ。
 サンリオキャラクターがバカ売れだけど、きっかけは何だったんだろう? 昔からサンリオの商品は台湾でも売っていたぞ?

 今回の出張期間は2週間半あるので、いろんな写真を撮ってアップしたい。
 

(2000/1/9) 祝!20,000アクセス

 2000年早々に20000アクセスを迎えることができた。
 そろそろ越えているかなあと開いたら20011だった。
 (ジャスト20000アクセスの人に何か景品をと思っていたが、準備時間がなかった。ごめんなさい。次回30000アクセスには是非。!!)
 またこの超2万アクセスを妻と娘と台北で迎えられたのも個人的には何か意味深いものを感じる。

 個人のホームページへのアクセスは見て頂いている人からの拍手だと思う。
 この拍手があるから、続けて更新していこう、何らかの役にたってもらおうと頑張れる。
 励まされるというのは本当にありがたい。
 夏からの数度にわたる連続出張も次回で最終回。また、更新できるネタ探しが難しくなるが、頑張っていこうと思う。

 このところ特に感謝したいのは、やはり同じように台湾関係のホームページを開いている方々に対してだ。
 台湾はPC天国などと言われているが、整理された情報を探すのが非常に困難に感じる。たとえば九分や金瓜石といった観光地の紹介を一つとっても中国語で書かれたHPにはなかなか「これだ!!」と思えるモノに当たるのは残念ながら少ないように思う。
 地元の利を活かした「これだ!!」を期待したいし、我々もそれを目指して頑張りたい。
 
 今年も皆さんからのアクセスに刻苦奮闘、他のHPに切磋琢磨されながら、いいコンテンツ作りと継続更新をターゲットに頑張っていきたい。・・・と遅ればせながら年頭の挨拶?


(2000/1/5)
 Y2Kも一通り一段落がつき、夜は「黒糖餐廳(Brown Sugar)」でJazzを聞きながら食事、ライブには時間が早かったので、帰り道で他のJazzを聞ける店をとさがしたら、ありました、ありました。「南方安逸(Southern Comfort)」。
 老板も気さくな人でJazzの話をしていると、店名にもなっているウイスキーSouthern Comfortをご馳走してくれた。学生時代にBill Evansが亡くなったと言っていたので、同年代だろう。
 気楽に寄れるいい店だし、なんといっても安い!
 2時間程、ウイスキー数杯とJazzでごきげんでした。
 Blue NoteやBrown Sugarもいいが、いまのところ、この店がJazzを聞きながら気楽に飲める店のマイブームお薦めNo.1になりました。
次は「台北でJazzを聴きたい!」のコーナーでも作りたいが、台湾のタウン誌のこの手の情報は信頼性が低いし、地図も「差不多」なので、結局、足で(喉と金で?)調べないといけないので、出張ベースでは苦しいかなあ?


(2000/1/1)
 台湾では千禧年といって1000年単位を祝う言葉があるらしいが、その記念すべき日を台湾で迎えることができた。(まあY2K対応での出張だから仕事といえばそれまでだが。)
 とりあえず、恭禧恭禧新年快楽!ということにしておこう。
 Y2K対応のため、土日が出勤だし、万一を考えるとホテル待機が必要となるので、今回はHPネタを探しにいけないの少々残念。
 毎年のことだが、台湾では正月とは春節(旧正月)を指すので、街中を歩いていても春節の音楽も聞こえないし、干支の龍もまだあまり見かけないので全然年末という感じがしない。今日も普通の土曜日と同じ。
 台湾のTVでは今日も紅白歌合戦があるようだ。それにしても、0時はあちこちで花火が上がっていた。ホテルの部屋の方角が反対側のため、近い野球場あたり?のが見えず、うるさいだけ。台北駅前の新光ビルの向こうの花火がきれいだった。
 夜は「藍調(Blue Note)」でライブでもと思ったが、台湾のライブは開始時間が遅いのが難点だ。
 まあ開店早々に行って食事でもとりながらライブというのは虫が良すぎるかもしれない。
 台北は爵士(JAZZ)ブームといってもベスト版や日本でも一時期はやったサラリーマンジャズ的なものが多い中、CDやビデオだけどメインストリームな爵士が聞けたのはうれしい。
 帰り際に老板(マスター)に「台北でビッグバンドの聞けるところは無い?」と聞いた、「台北のライブハウスは狭いところがほとんどなので、残念だけどコンサートみたいな機会しかないと思うよ。」ってな事を言われてました。
 そのあとは異塵Ⅰで先日亡くなったGrover Washington Jr.みたいなFusion(このころの表現はCrossover?)を聞きながら飲んで、台北で迎えた一人の2000年元旦は終了。 

  1. 2000/01/01(土) 01:01:01|
  2. いつもの日記

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あや~(阿雅)

Author:あや~(阿雅)
台湾で始めた二胡、2008年4月~2010年7月の間、さぼりながらのレッスンで、帰国後はホコリをかぶっていましたが、2012年10月からグループレッスンですが再開しました。
ずっとBigband JazzのTbをやってきたので二胡とJazzと台湾、台湾からの帰任後の中国関係の仕事から中国も含めたブログです。
ご連絡はmonsieur_tb♪s7.dion.ne.jpの♪を@に代えてメールでお願いします。

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